研究紹介

インタビュー
シュミレーションで全体像が見えてくるー新しいがん研究の戦略兵器 ヒトゲノムの解読の結果、システムを構成している部品(遺伝子)が分かり、一部の部品の機能を探っていた従来の分子生物学にはない、全体として生命がどういう仕組みになっているかというテーマに取り組めるようになった。

さらに、「DNAチップ」という遺伝子発現量を測定できる分析器具が開発され、すべての遺伝子の発現量を網羅的に検出できるようになって状況は一変した。宮野教授は、生命のシステムを“数理的に捉える”ことができるのではないかと発想したけれど、当時(1995年)は、誰も関心をもってくれなかったそうだ。「システム生物学」の概念は、昔から概念としてあるにもかかわらず……。

システム生物学の一端を、メラノーマ(黒色がん)の細胞に抗がん剤タキソールを投与した例で紹介しよう。

実験は、メラノーマ細胞にタキソールを投与後、24時間にわたっての変化をDNAチップで計測し、スパコンで1024コアを使って計算した。メラノーマ細胞の遺伝子制御の仕組みが、時間の経過とともに変わって、どの遺伝子がどこに指令を出しているかというネットワークの様子が浮かび上がってきた。

ノードの大きさはハブの大きさに対応
2時間後、乳がんにおいてタキソールが効かないことの鍵となっている遺伝子として知られているTXNIPがハブとして動き出した

タキソールを入れて1時間後に、遺伝子RBM23が発現した。RBM23を調べてみると、タキソールは細胞が分裂しにくくする機能を持つにもかかわらず、ハブになって指令が出ていることが分かった。また、TXNIPという遺伝子は、すでに乳がんにおいてタキソールが効かない原因となっていることが論文で知られているが、やはりTXNIPからも、時間が経つにつれて指令が出ている。

一方、タキソールの代わりに、遺伝子に影響を及ぼさない素材としてメタノール(アルコール)を入れて、同様に24時間のデータも取った。これは、「コントロールモデル」と呼ぶ予測モデルを作成するためで、いくつかの遺伝子の発現が初期値でこうなったら、次はこう、その次はこう……という予測能力をもったシミュレーションモデルであり、タキソールに対しての基準となる。 そして、コントロールモデルとタキソールとの違いを検証する。予測値と違っていれば、その部分でなんらかのシステムの異常が起こっていることが考えられる。 このように、一つの遺伝子だけでなく、複数の遺伝子の発現を全体的に見ていく。細部を見ながら、全体も見ていく。こういうもの全部をつなげていき、相互の関係を網羅的にみるという研究がシステム生物学である。

注釈
【メラノーマ】
英語 malignant melanoma。「悪性黒色腫」と呼ばれる皮膚がんの一種。日本人では少なく、欧米人に多いがん。オーストラリアやニュージーランドでは、オゾンホールの拡大が原因で増えている。