研究紹介

インタビュー
CML幹細胞を分化させ枯渇させる

先述のとおり、CMLの原因がBCR-ABLであることはよく知られている。CML細胞において、BCR-ABLはさまざまな分子にシグナルを伝えて、細胞増殖を促している。このシグナル伝達経路の詳細はまだ十分にわかっていないが、前川研究室の平位秀世院内講師らは、好中球に関する研究を進める中で、C/EBPβという転写因子がBCR-ABLと密接にかかわっていることを発見した。

好中球は、白血球の一種であり、体内に侵入してきた微生物を撃退して、感染を防ぐという大事な役割を果たしている。好中球は、他の血液細胞と同様、造血幹細胞からつくられる。ふだんは、C/EBPαという転写因子の働きによって、造血幹細胞から好中球への分化が誘導され、好中球は必要な量に保たれている。しかし、C/EBPαは細胞の増殖を抑制する作用が強いので、微生物の感染などで好中球が緊急にたくさん必要になったときの調節には適していない。このような場合、別の転写因子であるC/EBPβの発現が高くなる。C/EBPβは細胞の増殖を抑制する作用が弱く、好中球の前駆細胞の増殖と分化を誘導することができる。その結果たくさんの好中球が供給される。

平位講師は、以前にそのことを発見していた。そして、今回の研究の着想を「慢性期のCMLでは、分化したCML細胞が増え続けます。これは、感染時に分化した好中球が増える状況ときわめてよく似ています。それで、もしかしたら、慢性期CMLにおいてもC/EBPβが関与しているかもしれないと考えました」と説明する。

平位講師

平位講師が詳しく調べたところ、BCR-ABLがC/EBPβの発現を増強させていることがわかった。さらなる解析から、BCR-ABLは、STAT5という分子を介して、C/EBPβの発現を上昇させていることも明らかになった。つまり、シグナルは、BCR-ABL→STAT5→C/EBPβという流れで伝達され、これによりCML細胞の分化・増殖が促されるというわけだ。

細胞は「細胞周期」と呼ばれるサイクルによって分裂し増殖するが、CML幹細胞はこのサイクルから逸脱して静止期(G0期)という状態にある。「BCR-ABL非依存性に生存しているCML幹細胞でも他の方法によってSTAT5の発現を上昇させれば、C/EBPβの発現も上昇し、細胞周期のサイクルが回って増殖・分化すると考えられます。CML幹細胞をみなCML細胞に分化させ、枯渇させることができるかもしれません。また、CML幹細胞が分化してBCR-ABL依存性になれば、チロシンキナーゼ阻害剤の標的にすることができると考えています」と前川教授は話す。シグナル伝達経路を利用してCML幹細胞を分化させ、枯渇させようというユニークな戦略だ。

【CML幹細胞を分化・増殖させて枯渇させる】

BCR-ABLはSTAT5を介してC/EBPβの発現を上昇させる。このシグナル伝達経路を利用して、BCR-ABLに依存していないCML幹細胞において、BCR-ABLではなく他の方法でSTAT5を人為的に発現させて分化・増殖させれば、CML幹細胞は枯渇する方向に進むと同時に、分化してBCR-ABL依存性になったCML(幹)細胞はチロシンキナーゼ阻害剤により抑制できると期待される。前川教授と平位講師らは、インターフェロンα(IFNα)を投与してSTAT5の発現を上昇させることでC/EBPβの発現が増強され、CML幹細胞が枯渇する方向に分化するのではないか、そして分化したCML幹細胞はBCR-ABL依存性となってチロシンキナーゼ阻害剤の標的にできるのではないかと考え、検討している。

実は、C/EBPβの発現は酸素濃度の影響も受け、低酸素環境では発現が低下する。そこで、STAT5とは別の経路でC/EBPβの発現を上げることができれば、やはり、CML幹細胞をCML細胞に分化させ、骨髄ニッチから追い出すことが可能になるかもしれない。

さらに、「好中球のような血液系の細胞は、感染を防ぐのが重要な役割と考えられてきましたが、この免疫のしくみが白血病やがんにも関与していることがわかってきました。最近は、本学医学研究科の武藤誠教授との共同研究で、大腸がんの肝臓への転移に、好中球をはじめとする白血球が関与していることも明らかにしています。このときにかかわっている分子を阻害することで、がんの治療や転移の予防ができないかと考えています」と平位講師は展望を語る。

【CML幹細胞のC/EBPβと酸素濃度の関係】

C/EBPβの発現は酸素濃度によって変化するといわれている。C/EBPβの発現を人為的に制御できれば、低酸素環境に潜むCML幹細胞を分化させ、ニッチから追い出すことができるのではないかと考えられる。

注釈
【慢性期CML】
慢性骨髄性白血病(CML)は、進行度によって慢性期、急性転化期に分けられる。慢性期では、がん化した細胞は成熟して増えるが、急性転化期では細胞は幼弱なまま増殖する。