研究紹介

インタビュー
白血病幹細胞の「アキレス腱」を狙う薬を開発

私たちの体を構成する細胞には、グルコースを分解して、グルコースがもつエネルギーを、生物が使いやすい形(ATP:アデノシン三リン酸)に変換するための代謝経路が備わっている。まず、「解糖系」というステップによって、グルコースはピルビン酸という物質に変換される。酸素がない状態では、ピルビン酸はさらに乳酸に変換される。これを嫌気的解糖という。低酸素環境にあるCML幹細胞は、この代謝経路を用いている。

一方、酸素が十分にある場合には、ピルビン酸はアセチルCoAという物質に変換され、好気的解糖の代謝経路に入る。好気的解糖はTCA回路とそれに続く呼吸鎖の反応からなり、グルコース1分子から36分子のATPが産生される。これに対し、嫌気的解糖では、グルコース1分子から2分子のATPしか産生されない。しかし、好気的解糖を使っている細胞とCML幹細胞との間でATP産生能をくらべると、大きな差はない。ということは、CML幹細胞では、嫌気的解糖による代謝経路をたくさん回すことで、ATP産生能を上げていると考えられる。

「嫌気的解糖経路をたくさん回すため、CML幹細胞は特殊な代謝をしていることが私たちの研究で明らかになりました。嫌気的解糖では、途中の代謝産物として、メチルグリオキサールという毒物が生成されます。嫌気的解糖経路がたくさん回ると、この毒物がたまってしまうので、グリオキサラーゼ1という酵素が、メチルグリオキサールを乳酸に分解して解毒し、細胞が生きられるようにしているのです。この発見から、グリオキサラーゼ1を阻害すれば、毒物がたまって、CML幹細胞が死滅するのではないかと考え、グリオキサラーゼ1を阻害する臨床応用可能な物質を探索することにしました」と、前川教授は治療法開発の戦略を説明する。

グリオキサラーゼ1の阻害剤を探すには、多くのCML幹細胞が必要だが、骨髄ニッチや血管性ニッチに潜むCML幹細胞のみを体外に取り出し、培養するのは、技術的に難しい。そこで、前川教授らは、低酸素環境下でも増殖するCML細胞株を人工的に樹立した。この細胞株は、CML幹細胞と同じような性質を示し、グリオキサラーゼ1の発現も高かった。

前川教授は、この細胞株にさまざまな化合物を与えたときの応答を調べ、グリオキサラーゼ1を阻害するBBGCという物質を見出した。さらに、生体内でのBBGCの作用を調べるために、この細胞株を移植した超免疫不全マウス(NOGマウス)にBBGCを投与したところ、延命効果が認められた。ただし、BBGCは腹腔内投与しかできない。そこで、経口または静脈注射が可能なBBGC誘導体を企業と共同開発することを計画している。

【低酸素状態におけるCML幹細胞の代謝経路】

低酸素環境下にあるCML幹細胞は、嫌気的解糖という経路で、グルコースからピルビン酸に、さらに乳酸に分解される。このとき、副産物として生成するメチルグリオキサールは細胞傷害性をもつため、グリオキサラーゼ1という酵素がこれを分解して解毒する。一方、酸素が十分にある環境では好気的解糖であるTCA回路と呼吸鎖によってATPが産生される。

注釈
【超免疫不全マウス(NOGマウス)】
ヒトのあらゆる細胞の移植に対して拒絶反応が起きないマウス。ヒトの造血細胞をこのマウスに移植すると、マウスの体内にヒトの造血細胞が定着し、血液細胞が産生されて体内を循環する。2000年に日本の実験動物中央研究所が樹立した。