研究紹介

エピゲノムをターゲットにしたがんの診断法と治療法の開発 名古屋市立大学 大学院医学研究科 遺伝子制御学分野 近藤 豊 教授 私たちは1人1人決まった遺伝情報をもっているが、どの遺伝子をオン/オフにするかは細胞の種類によって異なり、また環境によって後天的に変化する。それぞれの細胞でどの遺伝子が働くのか? それを決めるためにDNAにつけられた目印およびそのしくみを「エピゲノム」という。30年ほど前からエピゲノムの異常が発がんに関与していることがわかってきた。近藤教授は、がんとエピゲノムの関係に着目し、エピゲノム異常を標的としたがんの診断法や治療薬の開発に取り組んでいる。
遺伝子の使い方で細胞や個体の性質は変わる

1人の人間の体を構成する細胞は、どれも同じDNA(ゲノム)をもっている。このDNAには、生命活動を営むために必要な遺伝子のセットが入っている。しかし、すべての細胞で遺伝子が同じように使われているわけではない。私たちの体は、1個の受精卵が分裂を繰り返す間に、筋肉細胞や神経細胞、骨細胞などさまざまな種類の細胞に分化し、組織や臓器をつくることでできあがる。こうした多様な細胞ができるのは、DNA上のどの遺伝子を発現させ、どの遺伝子の発現を止めるかという厳密な調節が行われているからである。このような調節を行うしくみを「エピジェネティクス」とよぶ。

【遺伝子の使われ方を決めるエピジェネティクス】

エピジェネティクスによって遺伝子発現が制御され、1つの受精卵が、さまざまな細胞に分化し、組織や臓器を形成する。

エピジェネティクスが働くのは、出生までだけではない。後天的にも、環境に応じてエピジェネティクスが働き、遺伝子発現が調節される。このため、同じゲノムをもつ一卵性双生児でも、成長とともに容姿や体質に違いが出たり、異なる病気に罹ったりする。

【エピジェネティクスによる表現型への影響】

一卵性双生児は同じゲノムをもつが、環境因子などの影響により、成長とともに後述のDNAメチル化やヒストン修飾に違いが生じ、容姿や体質に違いが出る。エピゲノムの違いは年齢とともに大きくなることもわかっている。

では、エピジェネティクスはどのようにして遺伝子の発現を変えるのだろうか。DNAが二重らせん構造をとっていることはよく知られているが、細胞核の中では、このままの状態で存在しているわけではない。二重らせんをとったDNAはヒストンというタンパク質に巻き付き、さらにそれが次々に重なって「クロマチン構造」をとっている。「エピジェネティクスとは、クロマチン構造を変化させることで、遺伝子発現を調節する機構なのです」と近藤教授はいう。

遺伝子が発現するには、転写因子などの因子が遺伝子にアクセスする必要がある。DNAやヒストンがメチル化やアセチル化といった化学的な修飾を受けると、クロマチン構造が変化して、遺伝子が立体構造の中に入り込んでしまう。すると、遺伝子発現に必要な因子がアクセスしにくくなって、発現が抑えられる。つまり、DNAやヒストンの化学修飾が、遺伝子のオン/オフを決める目印になるというわけだ。

こうしたDNAメチル化やヒストンのメチル化やアセチル化といった化学的な修飾、さらにクロマチン構造などはエピジェネティクスの制御に関わる因子であり、“エピゲノム”とよばれる。すなわち、「ある遺伝子を使うか使わないかの目印=エピゲノム」となる。ゲノムは1個の生物の中では一生変化しないが、エピゲノムは、環境因子などの影響により、細胞によって、また、成長時期によって変化する。

【遺伝子発現はどのように調節されるのか?】

DNAはヒストンに巻きついてクロマチン構造を形成している。エピジェネティクスはクロマチンを基盤とした遺伝子の調節機構である。近藤教授はエピジェネティクスの機構のうち「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」を中心に研究している。

【エピジェネティクスによる遺伝子発現の抑制】

クロマチン構造をとらないDNA上の遺伝子の発現レベルを「1」とすると、ヒストンが修飾を受け、ぎっしり詰まったクロマチン構造が形成されると、その中の遺伝子の発現活性が約50倍抑制される。これに加えてDNAがメチル化されている場合には、さらに約50倍抑制される。遺伝子発現の際に働く転写因子の力で発現活性が約10倍になる分も考えると、全体では、約25,000倍抑制されることになる。

石井 優
近藤 豊(こんどう ゆたか)
名古屋市立大学 大学院医学研究科 遺伝子制御学分野 教授

1990年 名古屋市立大学医学部卒業
1990年 名古屋市立大学第2内科医員
1996年 名古屋市立大学第2内科学大学院入学
1998年 国立がんセンター病理部研究生・リサーチレジデント
2000年 国立がんセンター病理部リサーチレジデント修了、名古屋市立大学第2内科学大学院修了
2001年 University of Texas MD Anderson Cancer Center, Postdoctoral Fellow
2004年 University of Texas MD Anderson Cancer Center, Faculty (Instructor)
2005年 愛知県がんセンター研究所分子腫瘍学部主任研究員
2007年 同研究所分子腫瘍学部室長
2012年 同研究所ゲノム制御研究部部長
2014年 名古屋市立大学大学院医学研究科分子医学研究所遺伝子制御学教授