研究紹介

インタビュー
エピゲノム異常に着目して肺がんを診断・治療する

がんでエピゲノム異常が起きているということは、これをがんの診断に使える可能性があるということだ。近藤教授は、エピジェネティクスの機構の1つである「DNAメチル化」を利用したがんの診断法の開発に取り組んでいる。

「DNAメチル化」とは、DNA鎖を構成するシチジンというヌクレオチドにメチル基がつく反応だ。一般に、遺伝子のプロモーター領域がメチル化された場合、遺伝子の発現がオフになる。正常細胞ではプロモーター領域がメチル化されていないが、がん細胞では異常にメチル化されているという遺伝子が次々に見つかっている。プロモーター領域のDNAがメチル化され、その遺伝子の発現が抑えられることが、細胞のがん化、浸潤、転移などに関係すると考えられている。

【DNA メチル化異常による遺伝子発現抑制】

上:DNAメチル化は、シチジンにメチル基がつく反応である。下:遺伝子のプロモーター領域がメチル化されると、その遺伝子の発現が抑制される。がん細胞では、プロモーター領域が異常にメチル化されている遺伝子が多い。これにより、遺伝子の発現が抑制されることが、細胞のがん化、浸潤、転移などに関係すると考えられる。例えば、DNA修復遺伝子MGMTはがん抑制遺伝子として働き、大腸がんの発がん過程に発現が低下することが知られているが、この遺伝子の発現とDNAメチル化には密接な関係が見られる。症例1では、DNAメチル化レベルが低く、MGMTがよく発現している(茶色に染色されている)のに対し、症例2では、DNAメチル化が中等度から高度に存在し、MGMTの発現減弱が見られる。こうした知見は、診断に生かすことができる。

全ゲノム網羅的解析を行うと、ゲノム全体にわたって、どの遺伝子がDNAメチル化を受けているかを知ることができる。患者さんによって、DNAメチル化のパターンは異なる。近藤教授らは2012年に、約50人の肺がん患者から切除されたがん細胞を用い、7000の遺伝子のDNAメチル化のパターンを調べた。肺がんは日本人のがん死亡率の1位であるが、既存薬が効くのは3割ほどで、新たな治療薬が望まれている。

解析の結果、患者さんは、非常にたくさんの遺伝子がメチル化されているグループ(高メチル化群)、中くらいのグループ(中等度メチル化群)、ほとんどメチル化されていないグループ(低メチル化群)の3つに非常にきれいに分かれることがわかった。

近藤教授は、さらに症例を増やし、128人の肺がん患者について詳細に調べてみた。「高メチル化群の患者さんは10人いたのですが、興味深いことに、非常に似た背景をもっていました。EGFRの変異がない、男性、ヘビースモーカー、予後が悪いといった共通の特徴があったのです」と近藤教授は結果を解説する。

EGFR(上皮成長因子受容体、Epidermal Growth Factor Receptor)はチロシンキナーゼの一種で、細胞の増殖に関与する。EGFRの遺伝子に変異がある肺がんには「チロシンキナーゼ阻害剤」と呼ばれる治療薬が有効で、よく使われている。EGFRの変異がないということは、高メチル化群の患者さんには、既存薬であるチロシンキナーゼ阻害剤は効きにくいと考えられるが、逆に、DNAメチル化を標的とした治療が有効である可能性が高い。実際、これらの症例の細胞株で、DNAメチル化を阻害する脱メチル化酵素を加えると、細胞増殖が抑えられることがわかった。

「肺がんはDNAメチル化のパターンで分類することができ、エピゲノム治療が有効な標的が存在する可能性が見えてきました。現在、さらに解析を進めているところです」と近藤教授は話す。

【肺がんにおけるDNAメチル化異常】

肺がんの患者さんのDNAメチル化のパターンは、高メチル化群、中等度メチル化群、低メチル化群にきれいに分かれる。中でも高メチル化群の患者さんは、EGFR変異がないことから既存薬のチロシンキナーゼ阻害剤が効かない可能性が高く、エピゲノム治療が期待される。

注釈
【プロモーター領域】
DNA上で遺伝子のコード部分の前にあり、遺伝子発現の最初のステップとなる転写(DNAからRNAを合成する段階)の開始に関与する領域。