研究紹介

インタビュー

マトリゲルを使うことでみえてきた、細胞の形態変化

そこで菊池教授は、培養環境を生体内に近づける目的で、細胞皿の底にマトリゲルという基質様の物質を塗ってみた。用いたマトリゲルは、あるがん細胞が分泌する基質タンパク質を精製し、市販されているものだという。「マトリゲルを塗った培地に単一の上皮細胞を置き、EGFとWnt3aを同時に加えたのですが、それまでとは全く異なる驚くべき変化がみられました」と菊池教授。細胞の一部がゆるみアクチン線維が基質に引き寄せられ、それに応じるように上皮細胞のかたちが非常に長細く変化するようすがみられたというのである。「EGFだけでもWnt3aだけでも上皮組織の形はわずかしか変化しませんでした。また、固い培養皿の上ではEGFとWnt3aで同時に刺激しても大きな変化はみられませんでした。したがって、この結果は、同じEGFとWnt3aの刺激を受けても、マトリゲルという足場があると細胞の応答が大きく変わることを端的に示しています。基質の存在が、細胞のかたちの変化にきわめて大きな影響を与えることは明らかです」。菊池教授は、そう話す。

【細胞-ECM(細胞外マトリックス)接着による細胞形態変化】

このように細胞がかたちを大きく変えるとき、細胞質内では多種類あるタンパク質などの存在部位に偏りが生じる。「細胞が極性をもつ」とは、このように「何らかの分子の存在が細胞内で偏っている」ということにほかならない。すでに、どのような種類の分子がどこに局在しているかを調べるためのマーカーが多数開発されており、特定の分子だけを光らせることで、特殊な顕微鏡で観察できるという。
菊池教授は「このようなマーカーと顕微鏡を用いた研究により、細胞がある特定の方向に動いたり、伸びたりできるのは、細胞内の分子の極性が羅針盤として機能するためだと考えられるようになっています。私たちは、上皮細胞は基質上で増殖因子を感知することで極性をつくり、伸長する方向を決めているのではないかと考えました」としている。

菊池 章


注釈
【マトリゲル】
細胞外基質に富むEHSマウス肉腫から単離した再構成基底膜成分(ラミニン、コラーゲンIV、エンタクチンを含む)


【細胞外マトリックス(基底膜)】
動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス。上皮細胞の接着を支持し、分化形質などを保持する機能があるので、基底膜の構成成分は細胞培養の基質や支持材料としてしばしば利用される。