研究紹介

ヒト免疫ネットワークを解析し、より効果の高いがん免疫療法の実現へ ヒト腫瘍免疫応答の解明による免疫療法の開発 慶應義塾大学 医学部 先端医科学研究所 所長 細胞情報研究部門 河上 裕 教授
ヒト免疫を人為的に制御することはどこまで可能か──トランスレーショナル・リサーチの手法を駆使して 未解明の免疫領域を探索、新しいがん免疫療法の開発をめざす。

がん免疫療法はどのように行われているか

私たちが日常生活で「体の免疫」と聞いて思い浮かぶのは、例えば、麻疹(はしか)やインフルエンザなどの感染症に一度かかると、次に感染したときには症状が軽かったり、あるいは影響を受けなかったりする“体の自己防衛”という認識だろう。2度目が軽くすむのは体内にその細菌に対する抗体やTリンパ球ができたからであり、BCGや種々のワクチン接種は、予防もしくは罹患しても軽度ですむように、先にそれらの抗体やTリンパ球を体の中で作っておいて免疫を獲得させる目的で行われている。このようにヒトの免疫防御機構は、微生物など外部からの異物排除機構として発達しており、本来、自己細胞を攻撃しないことが基本と考えられる。

しかし、がんは自己の細胞に遺伝子異常が起こり、増殖したものであり、しかも5ミリ位の大きさのがん組織になるのに5〜20年もかかり、免疫防御機構の中をくぐり抜けて成長してきているのだ。私たちの体の免疫防御機構は、がんを防御できるのだろうか。

がんの免疫療法は歴史的に見ると、1890年代にがんワクチンの始まりと思われる事例があり、1950年代から70年代にかけてはBCGなどの微生物成分から作られた非特異的免疫賦活剤が盛んに使われていた。しかし、この免疫賦活剤は単独で投与しても、がんにそれほど効果があるわけではなかった。

1970年代半ばに、ヒトのがん細胞をネズミに移植してがん細胞に対する抗体、モノクローナル抗体(タンパク質)が作られた。これは患者さんに投与してもマウスのタンパク質がヒトに入るために免疫反応が起こり、中和されたりして効果が認められず、一時下火になったのだが、その後、マウスのタンパク質をヒトに換えるヒト化抗体技術の開発により改良されて、現在はモノクローナル抗体は標準治療として認められている。その他、サイトカイン、がん抗原ワクチン、各種免疫細胞の投与などが行われてきたが、それぞれの単独投与では一部のがんにしか効果が得られなかった。

現在行われている免疫療法は、方法により能動免疫法(がんワクチン)と受動免疫法・養子免疫療法の2つに分けられる。また、対象により ①がん関連ウイルスに対する予防ワクチン、 ②標準治療後の再発を抑えるアジュバントワクチン、③進行がんの縮小をめざす免疫療法、に分けられる。(下図)

【がん免疫療法】

免疫療法は、方法により能動免疫法(がんワクチン)と受動免疫法の2つに分けられる。また、対象により@予防的ワクチン、Aアジュバントワクチン、B進行がん縮小免疫療法、に分けられる。

河上 裕 河上 裕 (かわかみ ゆたか)
慶應義塾大学 医学部 先端医科学研究所 所長 細胞情報研究部門 教授

1980年慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学病院研修医、国立大蔵病院内科、慶應義塾大学医学部 血液リウマチ感染内科助手として、内科医として勤務後、85年から米国南フロリダ大学免疫学教室、87年から97年まで米国NIH国立がん研究所(NCI)(Steven Rosenberg博士) 、89年には米国カリフォルニア工科大学生物学教室(Leroy Hood博士)に国内留学。97年から慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 細胞情報研究部門 教授、2005年から同研究所所長。


注釈
【アジュバント】 英語adjuvant。免疫増強剤、抗原性補強剤。ワクチンを投与する際に一緒に投与する補助剤。生体内での抗体生産やリンパ球活性化を増強したり、抗原を長くとどまらせるなどの働きをする。

【養子免疫療法】
「活性化自己リンパ球療法」などとも呼ばれる。がん患者から白血球の一種であるT細胞などを採取し、体外で増殖および活性化させてから再び患者の体内に戻し、がんを免疫の力で排除する治療法。