研究紹介

インタビュー

免疫に排除されずに増殖するがん細胞に対して、免疫療法はどこまで有効か

河上教授曰く、「世間ではよく、遺伝子になんとなく傷がついてがんになりやすくなっていると言うけれど、普通は免疫が傷ついた細胞を壊してくれている。ところが壊されなかったがん細胞は変化しながら免疫から逃れてどんどん増えていって、結局病院で見つかる。ということは、がん組織が大きくなって外科手術で取り除き、すごく数が少なくなったとしても、もともと免疫でやられにくい細胞の集団です。だから、少ないからと言っても免疫には手強いんです」と。

今、免疫療法は、世界的には2つの研究方向があるそうだ。1つは河上教授たちが進めている、免疫を改善するような薬の開発で、2011年も、そういう作用を持った抗体がFDAに承認されて非常に話題になった。「この方向はまだ発展途上のような感じがあり、どこまで強くなるか、そのために僕らは研究しているんですが」と言う。

もう1つは体外培養で増やしたT細胞を使った養子免疫療法であるが、悪性黒色腫などのがんでは多くの転移をもつ進行がんでも70%以上の効果、特に20%以上の完全寛解という劇的な効果がみられている。この方法も現在、慶應義塾大学で準備しているそうだ。T細胞受容体はα鎖β鎖の2つで作られており、それががん抗原を認識するのだが、問題はがんの種類によってT細胞の量が違うこと。悪性黒色腫だとがんに反応するリンパ球を増やしやすいが、ポピュラーながんである肺がん・胃がん・大腸がんなどでは、臨床で効果が期待できるリンパ球を大量に増やすのが非常に難しい。それで、ポピュラーながんの患者さんの血液からリンパ球を採ってきて、がんを見分けるT細胞受容体の遺伝子をウイルスベクターを用いて組み込んで(遺伝子導入)、人工的にがんを攻撃できるリンパ球を作る研究が盛んに行われているのだそうだ。

免疫療法に限らず、河上教授はいろいろな研究を進めているが、その中に、患者さんの免疫がどういう状況にあるかを評価できるような“バイオマーカー”の開発も進めている。がんは人によってみな免疫抑制の状態が違う。「免疫的に患者さんの体をよく知るという方法は、実は今まであまりない。例えば、がんの治療用に開発された分子標的薬が沢山ありますけど、個別化医療で分子標的薬を投与するときも、がんの性質を調べてから投与したり、ある特定の変異の場合は、その患者さんだけを治療すればよく効く。免疫も同じこと。患者さんの免疫状態を測っておけば、それに合わせた適切な治療で免疫が効くようになる、ということをめざしている。もっと先を見れば、その免疫を改善するような方法を見つけて、改善させてから免疫療法を始めるほうが効くのではないか」と考えている。

免疫という枠で捉えると、ほとんどすべての疾患が含まれてしまうといっても過言ではないそうだ。それゆえ、「私の研究の目的は、人の免疫を制御して病気を治せないか、というのが一番にある。がんにこだわっていない。自己免疫疾患という病気に非常に興味を持っていて、自己免疫疾患もがんも免疫を制御するという点では、いろいろな意味で似ている。自己免疫疾患やアレルギー、移植の場合は、ある特定の分子に対する免疫を下げたい。逆にがんや、ウイルス、細菌感染症の場合は、それに対する免疫を上げたい。免疫ネットワークは、共通したバックグラウンドを持っていて、免疫力の亢進と抑制は非常に似ているんです。たまたま一番たくさんやってきたからがんの研究が主ですけど、他の免疫の病気を治すのに直結している」と研究領域について語った。

河上教授は、大学を卒業した1980年代に、がんも自己免疫疾患も、そのうちには新しい方法を使って解析することにより病気のメカニズムが分子レベルで分かって、最終的には治療できるのではないかという夢を持っていたそうだ。「今もそう。がんの分子異常とヒトの免疫異常という両方をやっている。大学卒業の時に興味を持ったこと両方を結局やっているということは面白いと思う」と語る表情は、複雑な免疫ネットワークの謎解きゆえか、それとも恩師の影響のせいか、非常にエネルギッシュな研究生活を満喫しているようだった。

河上 裕 教授


TEXT:阿部芳子 PHOTO:仁 智之
取材日:2011年9月2日