研究紹介

インタビュー

アメリカで2人の高名な研究者に出会い、強烈な影響を受ける

河上裕教授は医学部を卒業後、内科研修医として勤務した。内科を希望した理由を尋ねると、「なんでもできる分野だと思っていた」のだそうだ。しかし、臨床現場に身を置いてみれば治すことのできない病気が多く、自分が思い描いていた理想像とはかけ離れていた。なんとかしたいと一念発起して、勤務後の時間に、興味を持っていた免疫学の基礎研究を始めたのだが、限られた時間で行う研究には限界もあり、29歳のとき上司の薦めでアメリカへの留学を決意した。

当初3年のつもりが12年の長期になったというのだから、河上教授にとっては水を得た魚のような研究環境だったようだ。とくに米国衛生研究所(NIH)のポストを得てからは充実した研究生活で、10年間在籍した。ラボのボス、スティーブ・ローゼンバーグ博士は「がんの免疫療法」で世界的に著名であり、長年、基礎研究と臨床試験を繰り返し行っていた(トランスレーショナル・リサーチ)。ここで河上教授は、がんをやっつけるT細胞(後述)の研究に取り組んだ。

NIHにいる間の6ヶ月間、作成したがん特異的Tリンパ球のT細胞受容体の構造を明らかにしようとカリフォルニア工科大学(Caltech)に国内留学。ここで出会ったリロイ・フッド博士の研究のしかたはユニークで、最新技術と自ら開発した分子解析法を用いる、いわゆる網羅的システム生物学は1989年当時、とても斬新なものだった。博士には、「医学・生物学の謎を解くには、新しい技術を開発することによってその謎を解くことが非常に重要」と何回も言われた。既知の技術を用いて研究していた河上教授には、博士の言葉と研究手法は衝撃的なもので、まさに目から鱗が落ちる思いだった。NIHに戻った河上教授は、フッド博士のラボでの経験を生かして「ヒトがん抗原のクローニング」に成功した。ヒトがん抗原の実体を明らかにしたことによって、それまで困難であったがん患者体内でのがんに対する免疫応答を測定できるようになった。さらに、がん抗原を用いた新しい免疫療法の開発が可能になり、ヒト腫瘍免疫学のブレークスルーとなった。

ローゼンバーグ博士とフッド博士の研究姿勢は両極端のように見えるのだが、実は2人はジョンズホプキンス大学の学友で、お互いを尊敬し合っている間柄でもあった。つい最近の出来事のように楽しそうに語る河上教授は、アメリカで両博士に強く影響を受けたと言う。「僕はたんにがんの免疫療法というのを研究、勉強しただけでなく、研究システムそのものを学んだし、それをやるためにはものすごくエネルギーがいる。僕も少しはenergeticな人間になりましたよ」。3年が12年になってしまったのも分かる気がする。日本の母校に先端医科学研究所ができて戻ってきた時、河上教授は41歳になっていた。

河上 裕 教授

注釈
【クローニング】
cloning。目的の遺伝子をさまざまなスクリーニング法を用いて遺伝子ライブラリーの中から単離すること。

【トランスレーショナル・リサーチ】
英語Translational Research(TR)。研究と臨床を結び、相互に実験〜解析〜臨床応用を巡回しながら研究を進める手法。

【リロイ・フッド】
Leroy Hood システム生物学研究所所長(米国)。ヒトゲノムプロジェクトを成功に導いた中心人物で、システム生物学分野の指導的研究者。DNAの塩基配列解析装置など、重要な機器の発明をしている。