研究紹介

インタビュー
がん細胞をリプログラミング

石井特任教授らは、がん治療にリプログラミングという機構を使うことも発案した。リプログラミングとは、すでに分化した細胞を未分化の状態に戻すこと、あるいは構造が変化して働きが変わったDNAの構造を元に戻したり、再構成したりすることをいう。

京都大学の山中伸弥教授は、山中因子と呼ばれる4つの転写因子(Oct3、Sox2、KIF4、c-myc)を導入することで、すでに分化した体細胞がリプログラミングされ、多分化能を取り戻すことを見いだした。これがiPS細胞(人工多能性幹細胞)である。「iPS細胞をつくる技術を利用すれば、簡単に、しかも強力に細胞のリプログラミングを行うことができます。リプログラミングによって、がん細胞の遺伝子の働きを変えることで、がんを抑えることができるかもしれないと考えたのです」と石井特任教授は振り返る。

まず、大腸がんなどの消化器がん細胞に山中因子を導入してみたところ、細胞が未分化であるときに働く遺伝子が発現した。多分化能も獲得しており、山中因子によって、がん細胞がリプログラミングされることがわかった。さらに、「このリプログラミングされたがん細胞の性質を調べてみたところ、抗がん剤に対する感受性が高まっていました。さらにリプログラミングしたがん細胞を培養し、培養した細胞を免疫不全マウスに移植したところ、もとの細胞株を移植したマウスでは腫瘍ができたのに対し、リプログラミング後の細胞では腫瘍はできませんでした」と石井特任教授は結果を説明する。リプログラミングしたがん細胞では、がん細胞の分化を促すビタミンAやビタミンDに対する感受性も低下していた。

【がん細胞リプログラミングの効果】

リプログラミングしたがん細胞の培養株を投与したマウスは、腫瘍ができず(上左)、細胞の増殖能がおさえられた(上右)。抗がん剤への感受性(下左)、ビタミンAやビタミンDに対する感受性(下右)も低下した(当時大学院生三吉範克ら)。Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 40, 2010より転載。Copyright (2015) National Academy of Sciences, USA

「リプログラミングによる新しいがん治療を開発できる可能性が示されました。ただ、臨床に使うとなると、ヒトに遺伝子を導入するわけにはいきません。そこで、リプログラミング作用のある別の分子を見つける必要がありました」。

そう考えた石井特任教授らが目を付けたのがマイクロRNAだ。マイクロRNAは、細胞内に存在する短い1本鎖RNAで、遺伝情報をもたないが、遺伝子の発現を制御していると考えられている。多分化能をもつES細胞(胚性幹細胞)には、その多分化能と関わるマイクロRNAが存在することが知られていた。そこで、石井特任教授らは、マウスのES細胞とiPS細胞という幹細胞に共通して発現し、幹細胞でない細胞には発現しないマイクロRNAを探した。

多くの候補についてスクリーニングを行い、リプログラミングを誘導する因子として見つけたのが、mir-200、mir-302、mir-367の3つのマイクロRNAだった。これらマイクロRNAを大腸がん細胞に導入したところ、細胞はリプログラミングされ幹細胞様の細胞に変化した。また、山中因子でリプログラミングを誘導したがん細胞と同様に、マイクロRNAでリプログラミングされたがん細胞でも、腫瘍の増殖能が低下し、抗がん剤感受性が増した。

また、細胞内でのマイクロRNAの機能を調べたところ、がんの浸潤や転移に関わる性質を低下させる作用や、がん抑制遺伝子の発現を上昇させ、がんの悪性化を防ぐメカニズムなどが明らかになりつつある。さらに、3つのマイクロRNAのうちの1つと、細胞内のあるタンパク質との結合を調べたところ、両者は複合体を形成することが明らかになった。「この複合体は、ピルビン酸キナーゼの発現と関わることがわかりました。発見したマイクロRNAを使って代謝を制御し、がん幹細胞を抑えることのできる可能性が示されたのです。現在、3つのRNAと似た構造の核酸を多数つくって、薬理活性を評価しているところですが、がん幹細胞を対象とする画期的な医薬品になる可能性があります。特に、3つのマイクロRNAがそろうと、がんの転移や浸潤をおさえることができますし、がん細胞、がん幹細胞の両方に使えると考えています」。

【リプログラミングを促すマイクロRNAの探索】

幹細胞に共通して存在し、幹細胞ではない細胞には発現しない多くのマイクロRNAの中から、リプログラミング誘導因子として3つのマイクロRNAがみつかった。3つをいっしょに使うと、高い効果を示すこともわかった(当時大学院生三吉範克ら)。Reprinted from Cell Stem Cell, Vol 8, 633-638, 2011, Copyright (2015), with permission from Elsevier