研究紹介

生体イメージングでがんの浸潤や転移の機構を探る 大阪大学大学院医学系研究科/生命機能研究科 石井 優 教授 がん細胞には、離れた部分に飛び火して広がる「転移」や、まわりの組織に広がる「浸潤」という性質がある。転移や浸潤の発見が遅れると、命にかかわることがあるため、この性質を押さえ込むことはがんの治療において重要だ。骨の中はがん細胞が潜むのによい場所で、そこで生き延びたがん細胞が転移や再発を引き起こすと考えられている。石井優教授は、生体イメージング技術を駆使して骨の中をはじめ体内のがん細胞の動きを明らかにすることで、がんの浸潤や転移の機構を解明しようとしている。
リアルな世界を見てみたい

「生物の教科書などではよく免疫のしくみなどが模式図で説明されています。たとえば、抗原抗体反応では、マクロファージなどの免疫細胞が抗原を取り込むようすが図示されていますが、果たしてほんとうにその通りのことが起こっているのでしょうか。このことが私はずっと疑問だったのです」と石井教授は話し始めた。教科書に出ている図の多くは、細胞の動きを直接見て描かれているわけではない。石井教授は、生命現象を明らかにするには、生体内のリアルな世界を見ることが重要だと考え、生体イメージングを使ってがん細胞の動きをとらえようとしている。生体イメージングとは、そのままでは見ることのできない生体内の分子や細胞の挙動を、生きたままの状態で観察できるようにする技術のことである。

石井教授が生体イメージングを始めたきっかけは、石井教授が免疫内科の臨床医をしていたころにさかのぼる。大勢の関節リウマチの患者を診察していたが、ほとんどの患者の骨は、炎症で壊れて変形していた。骨の中にある破骨細胞(詳しい働きは後述)が骨を壊すことは知られていたが、どのように壊すのかまではわかっていなかった。そのメカニズムを明らかにしたいと研究を進めるうちに、石井教授は、破骨細胞の体内での動きに興味をもった。そして、生きたままの状態で動物の骨の内部の細胞の動きを観察したいと考えたのだ。

骨は体の中でもっとも固い組織だが、内側は空洞となっており骨髄が詰まっている。骨髄は血管や細胞に富んだやわらかい組織だ。これまでの骨の研究では、骨を取り出し、薄く切って観察していたので、骨の中の細胞の形しか見られなかった。骨の中の細胞の動きを観察しようとしても、骨は光を非常に通しにくいため、骨を傷つけずに外側から内部を観察するのはとても困難だった。

骨の中の細胞の動きを見ることが可能になったのは、2光子励起顕微鏡が登場したおかげである。2光子励起顕微鏡は、レーザー光を使う蛍光顕微鏡の一種だ。蛍光顕微鏡観察では、見たい細胞や分子をあらかじめ蛍光物質で標識しておく。このような蛍光物質を蛍光プローブという。レーザー光をあてると、プローブが励起されて蛍光を出すので、蛍光を観察すれば細胞や分子の位置や動きがわかる。2光子励起顕微鏡は、2つの光子を同時に蛍光物質に吸収させるもので、ふつうの蛍光顕微鏡で使われる可視光・紫外光レーザーよりも波長が長く、生体組織の透過性に優れる近赤外光レーザーを用いる。そのため、細胞を傷つけずに、組織表面から数百μmの深いところまで観察できるのが特徴だ。

ところが、骨は近赤外光レーザーでさえ透過しにくく、骨の内部を観察することはなかなかできなかった。石井教授は、光源やミラーなどの光学素子の改良や工夫を重ね、特定の細胞でだけ蛍光を発するような観察用マウスも開発した。さらに生きている動物を観察するための方法も工夫した。そうした努力の結果、2光子励起顕微鏡で骨を200μmの深さまで観察できるようになった。「実験では、骨が薄く観察しやすい頭頂骨を使っていますが、それでも、骨の表面から内部にある破骨細胞まで120μmほどあります。試行錯誤を重ね、ようやく観察できるようになりました。ちょうどそのころ観察に適した出力の高いレーザーが開発されたことも幸運でした。それより前に開発を始めていたら実現しなかったかもしれません」と石井教授は振り返る。

【骨を観察するために開発された2光子励起顕微鏡】

光学系の工夫をはじめ、様々な試行錯誤を重ねて骨を観察できる顕微鏡が完成した。観察台は、麻酔をかけた実験動物を固定できるようになっている。

実験では、麻酔をかけたマウスを顕微鏡の観察台にのせて、頭頂部の骨に外からレーザー光をあて、内部を観察する。「皮膚は切開しますが、骨はいっさい傷つけません。骨には血管がたくさんあるので、血管を傷つけると、出血が止まらなくなり観察できなくなります」と石井教授。今では、骨だけでなく、皮膚やリンパ節、肝臓や腸管などさまざまな組織の細胞を生きたまま顕微鏡で直接観察できるようになっている。

石井 優
石井 優(いしい まさる)
大阪大学 大学院医学系研究科/生命機能研究科 教授

1998年 大阪大学医学部医学科卒業
1998年 大阪大学医学部附属病院研修医(第3内科)
1999年 国立大阪南病院研修医(内科)
2000年 大阪大学大学院医学系研究科助手(薬理学)
2005〜2009年 国立病院機構大阪南医療センター医員(リウマチ内科)
2006〜2008年 米国国立衛生学研究所・国立アレルギー感染症研究所客員研究員
(Human Frontier Science Program 長期派遣研究員)
2009年 大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任准教授(生体イメージング)
2011年 大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授(細胞動態学)
2013年 大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科教授(免疫細胞生物学)