研究紹介

インタビュー
異分野連携でシグナル伝達研究のブレークスルーを狙う

現在、井上教授は医科学研究所腫瘍数理分野の市川一寿特任教授と、数理シミュレーションを用いてこれまでとは違った角度からシグナル伝達にアプローチしている。NF-κBは刺激を受けると核に移動して転写を誘導するが、その過程はそれほど単純ではない。実際には、刺激があると、NF-κBはいったん核に行くが、IκBがNF-κBを細胞質に引き戻す。引き戻されたNF-κBは再び活性化されて核に行き、またIκBに引き戻される。このようにNF-κBは核と細胞質を行ったり来たりを繰り返し、振動(オシレーション)をしているのだ。

なぜそのようなことをしているのだろうか。「私たちは3次元のシミュレーションを行うことによって、分子がどんな相互作用をするのか、どのような因子が振動をコントロールするかなどを調べています」と井上教授。例えば、核と細胞質の体積を考慮した場合、核を大きくすると、理論的には振動が長く続く。がん細胞は核が大きいため、振動の長さと何か関係しているかもしれない。

また、実際の細胞内には、ミトコンドリアや小胞体などの細胞小器官がたくさんあるため、タンパク質の拡散は制限され、これによって振動も変わってくる。がん細胞の中には細胞小器官が核に集積しているものがあるため、井上教授らは細胞小器官を考慮したシミュレーションも行っている。「シグナル伝達の分野はかなり研究されており、すでに一定のレベルに達していると感じます。私たちは異分野との連携を積極的に行うことで、ブレークスルーを起こしたいと思っています」と井上教授は意欲を見せる。

がん幹細胞とシグナル伝達は、現在のがん研究の「王道」ともいうべき分野である。丁寧な実験を積み上げる緻密さと、新たな手法を採り入れる大胆さをあわせもつ井上教授の今後の展開に期待したい。

【3DシミュレーションによるNF-κBの振動の予測】

核と細胞質の体積比、タンパク質やmRNAの拡散定数(広がりやすさ)、核膜輸送(核膜の通りやすさ)、タンパク質の合成場所を空間パラメータとして、これらがNF-κBの振動パターンに与える影響を3次元シミュレーションで予測する。

井上 純一郎 教授

TEXT:秦 千里 PHOTO:大塚 俊
取材日:2014年1月16日