研究紹介

インタビュー

詳細なデータをもつ広島長崎とは対照的なチェルノブイリ

「MDSの難しい話をつづけるよりも、このへんで福島原発事故の話をしたほうがみなさんのご理解が得られると思うのですが……」と、稲葉教授は申しわけないように断りをいれて、こうつづけられた。

「福島での被曝は幸いにして低線量ですが、後で詳しく話すように、瞬間的ではない被曝です。‘低線量率’と言いますが、低線量率長期間の被曝でがんが増えるのかどうか、その一点に問題点がしぼられてくると思います。その問題点を疫学と分子生物学の両方からなんらかの答えを出していかないと、なかなか納得が得られないのではないか。その意味では、ここ原爆放射線医科学研究所が疫学と分子生物学の両方の情報(データ)をもつ、全国でも数少ない機関であると自負しています」

福島を考えるうえで参考になる事象といえば歴史上2つしかない。広島・長崎への原爆投下(1945年)とチェルノブイリ原発事故(1986年)だ。「広島・長崎はアメリカのABCCが、毀誉褒貶はあるにしても、莫大な資金と労力を投じて徹底的な調査を行なう基盤を作った。その最大の功績は、被爆者の線量をしっかり割りだしたことにあります」と稲葉教授は説明する。

被爆の瞬間、被爆者それぞれがいた場所やその周辺環境もふくめた詳細を聞き取り調査した。次に、アメリカ西部の砂漠のなかに、聞き取り調査と同じ環境を再現(日本家屋やコンクリートの建物を実際に建設、線量計を設置)し、原爆を落として、各人が浴びた放射線量を割りだした。「そこまで徹底した調査をしたからこそ、被爆者一人ひとりの線量を正確に割りだせた。そして、この正確な線量を基礎データに持っていたからこそ、その後ABCCを引き継いだ放射線影響研究所が、100ミリシーベルト以上の放射線を浴びると発がん率が0.5〜数%高いという成果を出せたのです(100ミリシーベルト以下では発がんに関与するかどうか不明)。この『100ミリシーベルト』という数値が、放射線発がんに関する議論の出発点になっています。

広島・長崎での放射線被害のデータは非常に正確だが、福島にはしっくりとあてはまらないところもある。というのも放射線の「形」に大きな違いがあるからだ。「原爆による被爆は1回。高い線量を瞬間的に浴びた人たちのデータです。福島では低い線量率で長期というところがまったく違う。とはいえ、泣いても笑っても正確なデータはこれしかないのです」と語る稲葉教授。長期に被曝する(した)という点など、チェルノブイリを参考にしたほうがよいところも多いのだが、チェルノブイリでは、被曝者各人が浴びた放射線量の推定に多くの仮定が入っており、その信頼性は広島・長崎と比べて低い。「明確な根拠を示してお話ししたくてもできないのです」と残念がる稲葉教授だ。

チェルノブイリ原発事故で問題視されたのは、事故発生以後に子どもたちの甲状腺がん発症率が高まったことだ。甲状腺がんをまねいたのがヨウ素(ヨード)。大気中に放出されたヨウ素131が子どもの甲状腺に蓄積されてしまったことで甲状腺がんを発症させた。

「現在の福島でヨウ素131が問題にならないことは確かですが、事故直後の1〜2週間に浴びたのがいったいどれくらいなのかを正確に把握するのは難しい。それでも‘日本の子どもに甲状腺がんが増えることはほとんど考えられない’と繰り返し申しあげています。広島・長崎やチェルノブイリの疫学データだけではなく、分子生物学に基づく根拠があるからです。でも、そこがなかなかご理解いただけなくて困っているのです」

注釈
【疫学】
集団を対象として、病気の原因となりうる出来事(たとえば、放射線被曝)と病気(たとえば、がん)の発生具合を調査し、そのデータを統計学的にまとめて、両者(この場合、放射線とがん)の関連を分析する学問。

【ABCC】
Atomic Bomb Casualties Commission「原爆傷害調査委員会」米国により1946年設立。1975年に日米共同の放射線影響研究所(放影研、Radiation Effects Research Foundation, RERF)に改組される。12万人に及ぶ被爆者を対象とした60年にわたる疫学調査の成果は、放射線の人体影響を論じるうえで不可欠の学術的基盤となっている。

【RFRE】
Radiation Effects Research Foundation「放射線影響研究所」略称放影研。1975年4月、ABCCから発展して設立された。広島県にある。

【チェルノブイリ原発事故】
1986年4月26日、旧ソ連邦の一つウクライナ・キエフ州北部、プリチャチ市にあった原子炉で爆発火災事故。原発運転員や消防士などに、死者約30人、負傷者約200人を出した。