研究紹介

インタビュー

MDSの研究から多段階発がんを明らかにしていく

広島に来てまず力を入れたのが、MDS(骨髄異形成症候群)の研究。高齢者に多い病気で、近年増加中だそうだ。作家で元東京都知事の青島幸男氏がこの病に倒れた。小児の白血病が専門だった稲葉教授であるが、原爆被爆者に多く発症することや、多段階発がんを研究するうえで重要な病気であることから、研究を始めた。

MDSは症状が軽いうちは「貧血」で、その状態が10年、20年つづくことも珍しくない。貧血のうちは、輸血でなんとかしのげる。だがひとたび重症化すると他の白血病と変わらないというか、むしろタチが悪い。有効な治療法がないのが現状で、臨床医にとってなかなか手ごわく、亡くなる人も少なくない。一方で、一般にはあまり知られていない病気でもある。その一因として、高齢者に特有の病気だけに、臨床医も患者さんには、貧血がつづく軽症のうちは「貧血です」と言い、重症化すると「高齢者に特有の白血病」と伝えてしまい、MDSそのものの病名が告知されないことが案外多いからだそうだ。

「有効な治療がないために臨床医は敬遠しがちな病気です。いまや白血病は治す手立てがあるので、‘白血病は治る病気ですよ’と患者さんに言えますが、MDSは本格的に悪くなると治りにくい病気なのです。ただ、誤解をおそれずに言うと、学問的には非常におもしろい病気で、研究者にとっては研究しだしたらやめられないテーマです」と稲葉教授は言う。

MDSは基本的に高齢者の病気。ということは長い年月のあいだに一つの細胞にいろいろなことがおこる。多段階を経て発がんするのだ。「その一つひとつをなんとかつきとめていかねばと考えてきました。たとえれば、どの駅を通過したかがわからない特急ではなく、各駅停車のように、どんな駅をいくつ通過したかをはっきりさせる。そういう仕事をやってきました」と言う稲葉教授。原爆被爆者に多いということは、発がんに至るまでの一駅、つまり一つのステップに放射線が関係する部分があるはず、それを明らかにしていきたいと強く思っている。

原爆放射線医科学研究所に移ってから放射線研究との出あいがあり、小児の白血病から‘高齢者特有の白血病’とも言われるMDS研究へとシフトした。その知識と積み重ねた研究データの裏づけがあるからこそ、言葉で伝える難しさを感じながらも、福島原発事故による被曝についての考えも発信できるのだと稲葉先生は言う。

注釈
【MDS(骨髄異形成症候群)】
myelodysplastic syndromes、血球(白血球、赤血球、血小板)の大本となる幹細胞の異常により、「不良品の血球」が大量に作られ、血球産生が減少する疾患。血液がんの一つ。