研究紹介

生体内のがん細胞をリアルタイムでイメージング実際の挙動を目で見るから理解が深まり、診断や治療に貢献する成果が期待できる 愛媛大学大学院医学系研究科 分子病態医学分野 今村健志教授
細胞を可視化するイメージングシステムの研究に注目が集まっている。これまでは知り得なかった細胞の増殖や移動の様子が手に取るようにわかるという。百聞は一見に如かず――今まさに新しいがん研究の扉が開かれようとしている。

蛍光イメージングに貢献した3人の偉大な研究者

細胞を蛍光標識して観察する研究手法は現在広く用いられている。その原点は2008年ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士の研究だ。下村博士は10万匹以上のオワンクラゲを集めてその発光機構の解明に挑み、1962年に生物発光タンパク質のイクオリンと緑色蛍光タンパク質GFPを発見した。

それから数十年後、マーティン・チャルフィー博士(2008年ノーベル化学賞を受賞)がGFPを線虫の細胞に発現させることに成功。さらに、ロジャー・チェン博士(2008年ノーベル化学賞を受賞)がさまざまな色のGFP関連タンパク質を発明した。これら一連の研究成果によって蛍光技術を使ったイメージングは飛躍的に発展。対象は線虫からネズミや大型動物にも広がり、色は緑色だけでなく青色や赤色にも広がった。

この蛍光イメージング技術をがん研究に応用しているのが愛媛大学の今村健志教授である。

がん研究ではがんモデルマウスから臓器や組織を取り出して、その切片等を顕微鏡で観察する手法が知られているが、この手法だと生体内でのがん細胞の挙動を見ることができない。取り出した臓器や細胞は生体に戻せず、同一個体を使った経時観察ができないことも欠点だ。

それに対して、今村教授が取り組んでいるのはGFPなどの蛍光タンパク質やルシフェラーゼタンパク質などの生物発光の仕組みを利用し、生きているマウスの体内を観察する手法である。まずは遺伝子工学を使ってヒトのがん細胞に蛍光タンパク質の遺伝子を入れ込み、その細胞をマウスに移植する。励起光を照射すると蛍光タンパク質を持っているがん細胞は蛍光を発するので、生体内のどこにがん細胞があるかがわかり、増殖や移動といった挙動を追うことができ、リアルタイムかつ経時的な変化を観察できるのである。

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「最先端のイメージング技術を使って転移のメカニズムを明らかにしたいと考えています。がんの恐ろしさは原発巣を離れたがん細胞がリンパ節や骨などに移動し、そこで再び増殖することにあります。原発巣だけなら手術による切除や放射線治療によって除去することが可能ですが、転移するとどんどん体内を移動するがん細胞をすべて取り去ることは不可能に近い。現在はがんによる死亡原因のほとんどが転移によるものだと言われています」

【血管内部を黄色や緑色の粒が移動】
血管内部を黄色や緑色の粒が移動

ホフマン博士らが開発したスキンフラップ法を用いて、血管の中をゆっくり移動するがん細胞をリアルタイムでイメージングした。がん細胞が血管壁に生着し、転移を開始する様子を観察することも可能であり、転移の機序解明に貢献することが期待される。

がんの転移には「血行性転移」「リンパ行性転移」「播種性転移」の3種類がある。その一つ、血行性転移は原発巣近くの血管を引き込むようにして新しい血管を形成し、そこからがん細胞が侵入して血流に乗り、全身の臓器にがん細胞が運ばれるというもの。

【血管を介した転移(血行性転移)】

血管を介した転移(血行性転移)

血行性転移のイメージ図。がん細胞が原発巣の近くにある血管を引き寄せるようにして新しい血管が作られる。がん細胞はそこから栄養や酸素を吸収すると同時に、浸潤して血管内に入り込む。がん細胞は血流にのって全身を駆け巡り、ある地点で血管から脱出して転移巣を形成する。転移巣の付近では新たな血管が作られ、同じことが繰り返される。

今村教授はその模様を観察すべく、ルシフェラーゼタンパク質の遺伝子を入れ込んだヒトのがん細胞を使って肺転移の生物発光イメージングを行った。

【肺転移のイメージング(生物発光)】
肺転移のイメージング(生物発光)

移植1週後のマウスにはがん細胞の活発な増殖が認められたが、移植3週後では細胞の中心部に壊死が認められた。この“危機的状況”を回避するために、がん細胞は新天地を求めて民族大移動のごとく全身に散らばって転移する。従来の手法では転移巣が見つかるまで転移の事実を確認できなかったが、イメージングによって初期段階の転移を明らかにすることができた。

今村 健志今村 健志(いまむら たけし)
愛媛大学大学院医学系研究科 分子病態医学分野

昭和62年3月 鹿児島大学医学部卒業、6月同大学整形外科学教室入局
平成元年4月 鹿児島大学大学院医学研究科博士課程入学
平成5年3月 同単位取得後退学(平成8年 医学博士)
平成6年1月 鹿児島大学医学部附属病院助手(平成6年4月〜平成7年3月 海外研修)
平成7年4月 スウェーデン王国ウプサラ大学ルードヴィヒ癌研究所客員研究員
平成8年9月 (財)癌研究会癌研究所生化学部・嘱託研究員
平成10年2月 同研究員
平成12年10月 同主任研究員
平成16年6月 同部長
平成22年10月 愛媛大学大学院医学系研究科分子病態医学分野・教授、現在に至る。




注釈
【緑色蛍光タンパク質GFP】
1960年代に下村脩博士により発見された238個のアミノ酸からなる分子量約27kDaのタンパク質。11のβシートがらせん状に層をなす円筒構造で、励起光を受けると単独で発色団(蛍光を発色する化学構造)を形成する。GFPは「Green Fluorescent Protein」の略。

【生体発光】
蛍光は外部の光を受けて光るのに対して、生物発光は生物内部での酸化反応に基づく現象なので、外部から光を当てる必要がない。オワンクラゲの場合は発光タンパク質のイクオリンが青い光を発し(実際はイクオリンの中のセレンテラジンという発光基質が光る)、そのエネルギーを受けた蛍光タンパク質のGFPが緑色に光る。一方、ゲンジボタルや鉄道虫の場合はルシフェラーゼという酵素がD-ルシフェリンという発光基質を酸化して発光体に変化させることで光る。今村教授はホタル由来の発光遺伝子をヒトのがん細胞に入れてヌードマウスに移植し、そのマウスに発光基質を注射して酸化反応を起こすことで、がん細胞を光らせる(可視化する)、がん細胞の動態を解析している。

【ヌードマウス】
ヒトの細胞を移植しても拒絶反応が起こらないように、遺伝子工学によって開発された免疫不全マウスのことで、毛がない。