研究紹介

酵素の機能コントロールでがん増殖を抑制する Beate Heissig(ベアーテ・ハイジッヒ) “血液のがん”と呼ばれる白血病やリンパ腫の治療に酵素が役立つ――タンパク質を主成分とする多種多様な酵素群の中から、がん細胞を標的にできる酵素を見つけ、その機能を変えることで、がん細胞の浸潤や転移を阻害し、がん増殖の抑制をめざす。
マトリックスメタロプロテアーゼという酵素

私たちは日ごろ、酵素が働いて消化を助けるとか、酵素が体内を活性化させるとか、健康食品の広告などで「酵素」という言葉をよく耳にするけれども、「酵素」とはどのような物質か知らない人が多いのではないだろうか。


辞書には「酵素=〔enzyme〕生物の細胞内で合成され、消化・呼吸など、生体内で行われるほとんどすべての化学反応の触媒となる高分子化合物の総称。タンパク質だけまたはタンパク質と低分子化合物とから成る。その種類は多種多様で、化学反応に応じて作用する酵素の種類が異なる。」(三省堂『大辞林』)と記されている。


ベアーテ・ハイジッヒ准教授が研究している酵素は、「金属要求性蛋白分解酵素=マトリックスメタロプロテアーゼ」というもので、略称「MMP」と呼ばれている酵素だ。この酵素は、プロテアーゼというタンパク質を分解する一大酵素群の中の一群であり、他のプロテアーゼ群と相互に関わりながら、その働き(機能)は多岐にわたっていることが知られている。


私たちの体内では、細胞と細胞の間はくっついていて(接着)、細胞同士が離れたり壊れたりしないよう維持されている。細胞と細胞の間のスペースを埋めて接着の役割をしているのは「細胞外基質(マトリックス)」と呼ばれるもの(分子群)だが、例えば、ある種の細胞がどこか他の場所へ行こうとするときは、その接着をまず離さないと細胞は自由に移動できない。そういう場合に、細胞からMMPが放出(分泌)されて細胞外基質を分解して溶かし、細胞自身が動けるようにし、さらに別の細胞へ浸潤するための突破口や移動ルート(道)を作る機能も担っていると言う。ちなみに、私たちの体内にはこのMMPの活性を抑制する分子も存在し、通常はMMPが過剰に働かないようコントロールするシステムが機能している。


がん細胞の浸潤と増殖
heissig Beate Heissig(ベアーテ・ハイジッヒ)
東京大学 医科学研究所 幹細胞治療研究センター 幹細胞ダイナミクス解析分野 准教授

1990年ドイツ、マールブルグ・フィリップス大学医学部卒業、1993年マールブルグ・フィリップス大学医学部大学院博士課程修了、医学博士。
1991年から7年間ドイツにて血液腫瘍科の臨床に従事。ハイデルベルグ大学附属病院マンハイム病院等にて主に血液癌、固形癌の治療を行う。
1998年よりアメリカ、スローン・ケタリング癌研究所、コーネル大学医学部血液腫瘍科にてポスドク。
2003年順天堂大学医学部輸血学協力研究員、同年同輸血・幹細胞制御学講師を経て、2004年東京大学医科学研究所再生医療の実現化プロジェクト(幹細胞制御領域)産学官連携研究員、2005年同特任助手、2007年同特任助教。2008年フロンティア研究拠点 特任助教、2010年同特任准教授。2012年4月より現職。

注釈
【マトリックス】
英語 matrix。正しくは細胞外マトリックス 、英語extracellular matrix。「細胞間質」あるいは「細胞外基質」「細胞間マトリックス」ともいう。細胞の外に存在する超分子構造体で、隣り合う細胞との空間を満たし、細胞の接着や増殖因子などを保持する役割などを担っている。