研究紹介

ピロリ菌感染による発がんの制御 畠山昌則教授 感染・炎症が加速する発がんスパイラルとはー
悪玉のピロリ菌に感染しているために、胃がんの発症率が高い日本人 ピロリ菌の研究は世界中で多くの研究者により精力的に進められている。なかでも畠山昌則教授はピロリ菌発がん研究の第一人者と言われており、最先端を走るその研究成果は高く評価されている。畠山教授に、ピロリ菌と胃がんの関係について最新の知見を伺った。

「ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)」は、社会的にもなかなか面白い菌で、多くは赤ちゃんの時に家族から感染する。たとえば、母親が胃にピロリ菌を保有している場合、少数ながらピロリ菌は口腔内にまで上ってきている。お母さんは、幼児に食べ物を咀嚼してあげる。素敵な愛情表現だけれども、これが実はアダになっている。そういう形で先祖代々同じピロリ菌が母親(家族)から子供へと受け継がれてきている」と、畠山教授はとても興味深いことを話す。

現在、世界の人口は約60億人で、その約半数の30億人が感染して胃の中にピロリ菌を持っていることが分かっている。胃がんの少ない国でも、国民全体の半分あるいは8割がピロリ菌に感染している国がある。日本の場合も全く同じ状況で、1億2000万人のうち6000万人がピロリ菌を保有している。若い人の感染率は2〜3割だが、団塊の世代と呼ばれる中高年以上のピロリ菌保有率は、7〜8割という高率になる。

中高年以上の日本人の高いピロリ菌感染率は、戦後の衛生環境の悪い時期に、主としてピロリ菌に汚染された飲み水から菌が感染したため。社会的なインフラ整備が悪いとピロリ菌感染率は上がり、良くなるにつれて母子感染などに限定されて下がることが知られている。

もうひとつ興味深いことに、ピロリ菌にはがんなどの病気をより起こしやすい悪玉ピロリ菌と病気を起こす力の弱いピロリ菌(悪玉菌に比較して、病気を起こしづらいという意味で善玉菌 ― この菌を持っていると健康になるという意味ではないことに注意)がいて、どういう種類が蔓延しているかは国によって違うそうだ。不幸なことに、がんを起こしやすい悪玉ピロリ菌が蔓延しているのは、日本・中国・韓国といった東アジア諸国だという。これは何千年、何万年前に東アジアにきた我々の祖先が、たまたま悪玉ピロリ菌を持っていたことに由来するそうだ。事実、胃がんの発症率は日本、韓国、中国が世界的にも際立って高い。

現在いる約6000 万人の日本人ピロリ菌感染者プールから、今後30年間に10%程度に相当する 500-600 万人が胃がんを発症するとも予測されている。特に感染率が高く、今後次々と“胃がんの適齢期”を迎える団塊の世代において、胃がんの患者数が増大することが予想されている。
ピロリ菌ー胃上皮細胞間相互作用の走査電子顕微鏡像
ピロリ菌(緑)の表面から注射針(IV型分泌機構)が多数出ている。
畠山昌則教授 畠山 昌則(はたけやま まさのり)
東京大学大学院医学系研究科・医学部
病因・病理学専攻 微生物学分野 教授

1981(昭和56)年北海道大学医学部卒。
同大第三内科で研修医を1年間務め、翌82年同大大学院医学研究科博士課程内科系進学。86年、医学博士。同年、大阪大学細胞工学センター助手。91年、米国マサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド研究所留学。95年(財)癌研究会癌研究所(癌研)ウイルス腫瘍部部長。99年より北海道大学免疫科学研究所化学部門教授。2000年、同大遺伝子病制御研究所 分子腫瘍分野教授。2009年より東京大学大学院医学系研究科・医学部 微生物学分野教授。


注釈
【ヘリコバクター・ピロリ菌】
英語 Helicobacter pylori。ヒトの胃に棲息する細菌(バクテリア)の一種。1983年、オーストラリアの2人の研究者が発見・培養に成功し、94年にWHOの下部団体である国際がん研究機関がピロリ菌を「ヒトの発がん因子」として正式に認定した。