研究紹介

インタビュー
胃がんを制圧するということは、社会的に極めて重要な問題 胃がんは、とにかく患者さんの絶対数が圧倒的に多い。毎年、新しい胃がん患者さんが10万人見つかり、5万人が手遅れで亡くなる状況が続いている。比較的発見しやすく、他のがんに比べると手術して根治しやすいというイメージはあるものの、胃がんは昔に比べて御しやすくなっているということでは決してないことを、この数字が物語っている。そうした意味からも、日本人にとって胃がんを制圧することは、社会的に極めて重要な問題であり、諸外国の発症率と比較しても特別な意味を持ってくる。

畠山教授は、さらにもう一つの課題を挙げた。「ピロリ菌がある程度まで居続けちゃうと、おそらく除菌しても胃がもう防げないという時期があるんだろうと思うんです。まだ僕らも分からないんですけれども」と気になることをいう。 「今日から禁煙したから、もう肺がんにならないとは誰も思わないですよね。何十年も吸い続けたその代償ががんになるわけですから。ピロリもまったく同じ。長く飼えば飼うほど、タバコを長く吸い続けるのと同じように、がんになりやすい細胞の数が胃の中に増えていることになる。1日でも早く居なくさせることが絶対に大事だけれども、いつまでが除菌の有効期限なのか、“ポイント・オブ・ノーリターン”(戻れない期に達する)かは、僕らもまだ分からない。あんまりいい話じゃないですけど、それもぜひ知りたい。そういう何か決定的な状況というものをわれわれが理解できたら、そこまで行ってなければとにかく大至急除菌しましょうよ、ということを強く主張できますよね」

ポイント・オブ・ノーリターンはあるにせよ、今のところ、何歳になっても除菌したほうが胃がんの発症を抑えられそうだという。ピロリ菌感染者は動脈硬化が加速し心筋梗塞になりやすいとか、ある種の不妊症に関係しているかもしれないとか、厚生省の難病指定である血小板減少性紫斑病は、除菌すると3割ぐらいの患者さんが完璧に治るとか……。もしかすると、思いもよらない病気の発症に関係しているかもしれないピロリ菌って、ほんとうに不思議な菌だ。

畠山教授は「研究していくといろんな側面が見えてきて面白いですね。人類の移動の歴史とも関係しているみたいだし。例えば、アメリカインディアンなど、新世界に渡った人たちというのはアジアのどの辺りから行ったのかということも、ピロリ菌の遺伝子を追っかけていくとその起源がだんだん分かってくる。アジアのこの辺りからベーリング海峡を渡ったんだろうとか、たんなる医学の面白味だけじゃなくて、人間の歴史そのものを背負っているみたいなところがある。いろんな意味で人類にとって面白い菌だなと思いますね」とピロリ菌への思い入れを語った。
畠山昌則教授

TEXT:阿部芳子 PHOTO:荒井邦夫
取材日:2010年9月30日

東京大学大学院医学系研究科・医学部 微生物学研究室 畠山研究室
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