研究紹介

インタビュー
胃の中でしか生きられないピロリ菌が出す物質が胃がんの原因 ピロリ菌というのはものすごく特殊な菌で、実は胃の中でしか生きられない。時どき口の中まで上がってくるけれども、住んでいるわけではなく一時的なこと。一方、胃には10円玉を溶かすこともできる強い酸、塩酸がたまっている。その酸の中で生物が長く生きられるわけはなく、例えばヨーグルトを食べて乳酸菌やビフィズス菌が腸に行くというのは、胃を通過中にほとんどは死ぬけれども、一部が逃れて腸に行くだけ。「で、研究者は皆、塩酸が存在する胃の中で生きられる生物なんていないと、最初から思い込んでいた。すると、人間の不思議な感覚で、見えているものも見えなくなってしまう。ピロリ菌は100年以上前に見つけられていたとしても不思議じゃないのに、結局つい最近まで分からなかったというのは、“胃の中には生き物はいない”という勝手な思い込み、ある種のサイエンスの落とし穴に全員が見事にはまっていたというわけ」と、畠山教授は思いがけない盲点について明かした。

実際問題として、感染してすぐ胃がんになることはなく、がんになるのは50〜60代になってからである。ピロリ菌が何十年間も胃の中に住み続ける間に、がんを起こす分子を常にヒトの細胞に放出する。それを何回も繰り返しているうちにヒトの細胞が徐々にがん化へと進んでいくのである。

「私たちの研究から、ピロリ菌は発がん物質を胃の細胞に直接注射していることが分かってきた。細菌が自ら作った分子を標的とする細胞の内部に密かに送り込み続けるという現象は、普通はないこと。これは非常に珍しいケースで、ヒトに関して言えば、こんなことをやる細菌は今のところピロリ菌しか知られていない。試験管の中で、胃の中にピロリ菌がいる状態を再現する実験系を作り、何が起きているのかを解析したところ、ピロリ菌が作った発がん分子が胃の細胞の中に入り細胞をがん化させるための悪さをいろいろする様子が見えてきた」

ピロリ菌が産生する発がん分子は、胃の細胞の中に入った後、ヒトの細胞増殖を制御する分子と結合し、機能を脱制御する。両者が結合する強さの違いによって、ピロリ菌の悪玉度が客観的に評価できるそうで、例えば、日本人の胃に棲むピロリ菌(悪玉ピロリ菌)とアメリカ人の胃に棲むピロリ菌(善玉ピロリ菌)の間では大きく違う。この違いが、日本における胃がんの発症率がアメリカに比べて10倍も高いという現実につながってくるということなのだ。