研究紹介

インタビュー

がん幹細胞とニッチ細胞の相互作用に関わるメカニズム

がん幹細胞とニッチ細胞の相互作用に関わるメカニズム。これを明らかにしなければ、標的分子を特定することは困難である。後藤准教授の研究グループは最近、数年前までまったく分からない状況だったメカニズムに、増殖因子のシグナル伝達が関わっていることを突き止めることができた。

検証するための乳がん幹細胞の培養実験を行った。NFkB(エヌエフカッタービー)はメッセンジャーDNAに結合して、メッセンジャーRNAにつく転写因子の1つであるが、これの機能を阻害したところ、幹細胞の培養がうまくできなかったことから、乳がん幹細胞において、この増殖因子のシグナル伝達が非常に重要であることを明確に示すことができた。この実験結果は、米国アカデミー紀要にて2012年4月発表した。

【がん幹細胞とニッチ細胞の相互作用】
がん幹細胞とニッチ細胞の相互作用

乳がんのがん幹細胞内で増殖因子HRG(ハーレグリン)が受容体にくっつくと、図のようなシグナル伝達が起こる。

研究成果が上がる一方で、後藤准教授は、分子生物学が非常に進んだために、研究を難しくしている面が出てきたという。「例えば、肺がんに使われるイレッサという分子標的薬は、増殖因子の受容体の1つであるEGF受容体を標的にしていますが、イレッサの他に肺がんの分子標的薬はほとんどありません。イレッサが効かない患者さんの場合、他の分子標的を見つけることが必要です。ただたくさんあるとどれがいいのか全く分からない。分子生物学が進めば進むほどこういう状況になってしまって、がん患者さんのためになる方向に行ってないというのが実情なんですね」

さらに「増殖因子受容体についてもまだ不明なものがあるかもしれない。ゲノムはすべて解読されていますから、どんなたんぱく質が作られるかは分かっています。ただそのたんぱく質の機能が、がん幹細胞で重要かもしれないけれども、まだ十分には分かっていない状況です」と言い、技術の進歩と現実の板挟みを憂えている。

【複雑に関連し合うシグナル伝達】
複雑に関連し合うシグナル伝達


バイオインフォマティクスのシステムを応用

後藤准教授は、そうした複雑なシグナル伝達を説明するために数学を用いたバイオインフォマティクスの手法を取り入れることを考えた。DNAマイクロアレイを使うと、一気に2万個くらいの遺伝子の発現量を調べることができる。これを使って、いろいろな遺伝子発現のパターンを数学的に表現するとどうなるかというプロジェクトを計画した。

実験は、手術で摘出した患者さんの肺の細胞を増殖因子EGFで刺激して、DNAマイクロアレイで遺伝子発現パターンを2日間19ポイントに設定してデータを取った。片方はそのままの細胞を使い、もう片方にはイレッサを入れておいて、EGFのシグナルを少しだけ止めておくという状況で同じように19ポイント設定した。

その結果、139遺伝子が抽出された。その発現量を数学的に解析すると、139個の遺伝子のうち、手術検体の中で1個でも遺伝子の発現率が高ければ、その患者さんは予後が悪そうだ、再発して亡くなりそうだという予測ができた。そういう遺伝子は40個ぐらい存在した。これを標的にした分子標的薬ができれば、手術後に再発しないように、抗がん剤治療をすることが可能になる。これはまだ標的候補という段階なのだが、再発を予測する遺伝子セットはこれまで報告されてないので、特許出願し、世界標準となるような診断薬として実用化のめどが立った。画期的な成果と言えるのではないだろうか。