研究紹介

遺伝性乳がんの発がんメカニズムと細胞の中心体制御能との関連を探る 東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 千葉奈津子 教授
国内では女性の12人に1人がなるという乳がんだが、なかでもがん抑制遺伝子BRCA1/2の変異による遺伝性の乳がんが近年高い関心をよんだ。とりわけBRCA1の機能解明にとりくんできた千葉教授は、細胞分裂の際、核の横にある中心体の制御能の破綻とBRCA1変異による発がんメカニズムとの関連に着目した。臨床で得たヒントを基礎研究に活かしながら新たな診断マーカーや治療の開発につながる特定分子の同定とその機能解析にとりくんでいる。

関心集めたBRCA1変異による遺伝性乳がん・卵巣がん症候群

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが乳がん発症を未然に防ぐために乳房(乳腺)を予防的に切除したと公表したのは2013年5月のことだった。このニュースは世界中で大きな話題になったので記憶に残る人も多いだろう。彼女が左右の乳腺を(のち2015年には卵巣も)切除することに踏み切ったのは、がん抑制遺伝子のひとつであるBRCA1に変異があることがわかったからだ。

東北大学加齢医学研究所腫瘍生物学分野の千葉奈津子教授が研究するテーマの一つがこのBRCA1である。世界では乳がんの原因のうち遺伝性のものが5〜7%で、そのうちの25%がBRCA1または2の変異によるという*。千葉教授はこうも教えてくれた。

「この2つのがん抑制遺伝子に変異があって発症する乳がんはHBOC*といい、日本では『遺伝性乳がん・卵巣がん症候群』とよばれています。日本人女性に限定したデータはまだありませんが、いくつかのデータから推計すると、いまや12人に1人がなるといわれる乳がんのうち、家族歴がある人は乳がん発症のリスクが14〜28%ですが、BRCAの1か2に変異があると発症リスクは50〜80%といっきに高くなります。A・ジョリーのBRCA1変異によるリスクは87.5%と説明を受けたようで、で親族にも同じ病を発症していたそうですから、将来乳がんになる確率は非常に高かったといえます」

BRCA1とはBreast Cancer Gene1の略で、このがん抑制遺伝子に異常がある場合、「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」を発症する確率が非常に高くなることが知られている。しかも最近では、抗がん剤もホルモン剤も効きにくい「トリプルネガティブ乳がん*」という難治性の乳がんも、このがん抑制遺伝子の変異が関与しているのではと考えられているそうだ。男性もごくまれに乳がんになる人がいるが、その場合BRCA1/2の変異がある可能性が高いという(男性のBRCA1変異で1.2%、BRCA2変異で6.8%の発症リスク)。

また、乳がんは左右どちらかの乳房にできることが多いが、この遺伝子変異による場合は左右ともできる対側乳がんのリスクが40%あり、また、もともと発症数が少ない卵巣がんも40〜50%のリスクを抱えているという。



千葉奈津子 千葉 奈津子(ちば なつこ)
東北大学加齢医学研究所
腫瘍生物学分野

1987年3月 宮城県石巻女子高校卒業
1993年3月 東北大学医学部卒業
1997年3月 東北大学大学院医学研究科修了
1997年4月 東北大学加齢医学研究所 癌化学療法研究分野 研究員
1998年4月 石巻赤十字病院消化器科
1999年4月 Research Fellow, Brigham and Women's Hospital
2002年4月 東北大学医学部付属病院 腫瘍内科 医員
2003年8月 東北大学加齢医学研究所 癌化学療法研究分野 助手
2007年4月 東北大学加齢医学研究所 免疫遺伝子制御研究分野 准教授
2014年4月 東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 教授


注釈
【世界では…】
Lorenzo et al. Human Genetics 2013より

【HBOC】
HBOCはHereditary Breast and Ovarian Cancer Syndromeの略。「エイチボック」と読む

【トリプルネガティブ乳がん】
エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体(いずれもホルモン療法が有効かを判断するめやす)・HER2(HER2を標的とした分子標的薬が有効かを判断するめやす)の3つに陰性(ネガティブ)の乳がんで難治がんとされる。