概要・活動内容

国際交流委員会

ロズウェルパークがん研究所への派遣報告

熊本大学 生命資源研究・支援センター 表現型解析分野
村松 昌


派遣概要と目的

今回、文部科学省科学研究費新学術領域研究「がん支援」国際交流委員会の海外派遣事業による助成をいただき、平成28年2月15日から24日まで米国ロズウェルパークがん研究所 (Roswell Park Cancer Institute: RPCI) のIrwin Gelman教授の研究室で共同研究を行いました。RPCIは、細胞培養に用いる基礎培地のRPMI1640 (Roswell Park Memorial Institute) を創出し、米国で最初に創設されたがん研究所です。本研究所の腫瘍遺伝学分野長であるGelman教授は、がん遺伝子Srcによるがん化の過程において足場タンパク質AKAP12 (A-Kinase Anchor Protein 12) が抑制的に働くことからこの遺伝子を同定し、がん細胞におけるAKAP12の欠損もしくは著しい発現低下が、血管新生因子の分泌を亢進し、転移を促進するという転移抑制遺伝子としての機能を研究されてきました。
私は平成23年から平成27年までのおよそ3年半の間、この研究室にポスドクとして在籍し、がん微小環境、特に転移微小環境におけるAKAP12の機能解析を行っていました。現在は、熊本大学において研究代表である南敬教授とともに血管内皮細胞の恒常性維持機構を遺伝子転写レベルから明らかにし、がんの進展・転移における病的血管内皮の動的なシステム解析を基盤としたがんを含む血管疾患の治療法開発を目標として研究を進めています。

今回の国際交流派遣は、AKAP12が転移先臓器の血管内皮活性化を制御している分子メカニズムにおいて、内皮活性化に重要な転写因子NFATシグナルの関与を検討する共同研究の推進および論文投稿に必要な実験の打ち合わせや私が在籍時に確立した実験手技の指導などを目的とし、訪問しました。日本で行った予備実験の結果をGelman教授と検討し、RPCIにあるAKAP12欠損マウスを用いた動物実験計画の立案やこのマウスの譲渡協定などを進めました。また、共同研究を進めるためにマウスからのがん間質細胞、主に血管内皮細胞と線維芽細胞、腹膜由来の間質細胞などの単離方法やそれらを用いた実験の詳細な手技などを現地の技術補佐員に指導し、日米間でコンセンサスの取れた実験系や研究の方向性を確固たるものにすることができました。

がん微小環境における血管内皮の活性化機構

がん組織にはがん実質細胞とそれを取り巻くがん微小環境、即ちがん間質細胞が存在します。がん間質細胞には血管内皮細胞や線維芽細胞、炎症性免疫細胞などが含まれており、がん細胞の増殖や転移に寄与していることが明らかとなってきました。腫瘍組織周辺からの血管内皮の増殖による腫瘍血管新生は、がん細胞から過剰に分泌される血管新生因子によって誘導され、がん組織への酸素と栄養の供給やがん細胞の血管内浸潤による血行性転移を惹起することが知られています。腫瘍血管内皮は内皮恒常性が破綻した病的な活性化状態にあり、その活性化はVEGFやトロンビンなどの活性化因子による様々なシグナル経路の活性化とそれに伴う遺伝子発現によって引き起こされます。
内皮細胞において活性化因子による刺激早期の遺伝子変動を網羅的に解析したところ、最も有意に誘導される遺伝子としてダウン症候群関連遺伝子 (DSCR-1) が見出されました (Minami et al., JBC 2004)。興味深いことに、この遺伝子は内皮活性化シグナルの下流にあるカルシニューリン-NFAT経路によって発現誘導されますが、DSCR-1はカルシニューリンの機能を抑制する負のフィードバック因子であることが明らかとなりました。即ち血管内皮の活性化においては自己終息シグナルが最も強く誘導され、内皮の恒常性維持に働いていることが考えられます。
DSCR-1遺伝子はヒトの21番染色体上に位置し、このトリソミーを示すダウン症ではDSCR-1の発現が通常より多いために内皮活性化のブレーキが強くなっていることが考えられます。実際にダウン症患者では固形がんの罹患率が健常人と比較して有意に低く、その理由がDSCR-1の発現が高いために起こる腫瘍血管の減少、内皮活性化の抑制に起因することが報告されました (Baek and Minami et al., Nature 2009)。また、がん転移においても肺の血管内皮におけるNFATシグナル経路が内皮の活性化と肺転移に重要な役割を果たしていることが報告されています (Minami et al., Cell Rep. 2013)。

このようにがん微小環境における血管内皮の活性化は、がんの進展や転移を理解する上で非常に重要な位置にあることが考えられ、これらの生理的・病態的機能に関する研究は更に発展していくと考えられます。今回、助成を頂いて実現した本共同研究によって、がん微小環境におけるAKAP12の転移制御機構を解明する、即ちがん微小環境によって転移が制御されている分子機構の一端を解明することに繋がると考えています。今後はがんとがん微小環境との特異的な相互作用を標的とした新しいがん転移治療法開発への基盤となる研究がより重要視されていくと考えられ、そのような人のためになるサイエンスを進めていきたいと考えています。

ロズウェルパークがん研究所とRPMI

Gelman教授とのディスカッションにて

謝辞

最後になりましたが、今回のような貴重な機会を与えてくださった「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会の石川冬木先生をはじめとする諸先生方、また事務手続き等で大変お世話になった平野尚子様をはじめとする支援活動事務局の皆様にこの場をお借りして心から感謝申し上げます。