概要・活動内容

国際交流委員会

平成27年度国際交流海外派遣事業報告書

信州大学医学部病理組織学教室
山本 陽一朗


平成27年度新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流海外派遣事業に助成を頂き、平成28年1月24日から2月5日まで、ドイツ・ハイデルベルク大学のProf. Roland EilsとProf. Niels Grabeの研究室に滞在しました。私は平成26年〜27年にかけても同研究室に研究滞在しコンピューター科学と病理学の融合研究を行っており、今回の再訪問の目的は日本に戻って解析した追加データの確認とディスカッション、そして論文投稿でした。結果として、無事に論文投稿を行えたと共に、同僚との新しい共同研究を開始することができ、大変有意義なものとなりました。

ドイツにておこなった研究は、病理形態情報のデータ化および機械学習を用いた解析によって乳癌の浸潤過程解明を目指すというものです。最新のコンピューター画像解析技術を用いて病理標本上の数万を超える細胞の全てを測定し、いわば、全細胞の「顔」解析を行いました。具体的には、まず、対象とする細胞核全てに対して、面積、円形度、長径、短径、核染色性の均一度などを含む数十から数百の形態特徴量を測定します。そして、その測定データを対象に機械学習を用いて解析し、組織型毎にみられる形態的特徴を分類・分析します。さらにその機械学習の中身を解析し、どのような分類基準を機械が学習したか見ることによって、疾患メカニズムに関係する変化を探索します。このような一連のシステムを開発しプログラミングを行いました。

今回の解析対象は、乳癌浸潤過程の解析でした。現在、乳癌は日本を含めた先進諸国の女性が最もかかりやすい癌で、日本では1年で1万人以上が乳癌により亡くなっています。ただし非浸潤性乳癌(DCIS)に限定すれば5年生存率は98%以上と、癌浸潤の有無によってその予後は大きく異なります。DCISは時間の経過と共に浸潤癌に移行しますが、移行時間は人によって様々です。乳癌浸潤メカニズムの解明を目指し、今回注目したのが、癌細胞周囲にいる筋上皮細胞でした。約1万個の筋上皮細胞すべてに対して個別に人工知能を用いた「顔」認識を実施し、さらに、電子顕微鏡により詳細な細胞形態を調べた結果、癌細胞の近くにある筋上皮細胞ほど、本来正常な筋上皮細胞にあるはずの機能が低下したり、癌細胞の拡がりを抑えきれなくなっていることがわかりました。さらに筋上皮細胞の情報を調べるだけで90%以上の判別率で腫瘍本体の良悪性判定ができるほど、筋上皮細胞は癌細胞から非常に強い影響を受けていることがわかりました。さらに複数のデータベースを用いてデータマイニングを実施し、筋上皮細胞の機能を低下させることの原因となる候補物質を絞り込むことに成功しました。次のステップとして、培養細胞を用いての解析を行っているところです。

また今回の滞在で、現在、人工知能分野で最も注目を集めている、ディープラーニングを用いた新しい共同研究について打合せを行うことができました。ディープラーニングは、特徴量そのものも学習することができる機械学習法で、従来の方法に比べ分類精度が非常に高いことが特徴です。ちょうどオランダでディープラーニングを行っていた研究者が、Prof. Niels Grabeの研究室に移動してきたため、乳癌の生検組織を用いて解析を行っていくこととなりました。思いもかけず、新しい共同研究も行えることとなり、非常に実りが多い滞在となりました。

近隣マップ。ドイツ最古のハイデルベルク大学、DKFZ(ドイツがんセンター)、 EMBL(欧州分子生物学研究所)、
マックスプランク医学研究所などの最先端研究施設が隣接している。

夜のハイデルベルク城。

研究棟の中。階段の右がコンピューター解析等のドライのラボ。左が細胞培養等のウェットのラボ。

最後になりますが、改めまして今回このような機会を与えて頂きました文部科学省新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会の諸先生、また細かな事務手続きからお世話頂きました同事務局の平野様に心から感謝致します。