概要・活動内容

国際交流委員会

UCSF訪問報告

東京大学大学院医学系研究科分子病理学
勝野 蓉子


はじめに

平成27年度新学術領域研究「がん支援」国際交流委員会の海外派遣事業での助成により、平成27年11月2日から11月13日まで米国サンフランシスコのカリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco; UCSF)のRik Derynck教授の研究室において共同研究を行ってきました。派遣先研究室では、TGF-βファミリーシグナルの分子生物学的および細胞生物学的な研究が活発に進められ、現在では特にTGF-βファミリーシグナルのシグナル伝達の分子メカニズムと、その細胞分化における役割に関する研究を中心に、この分野の世界をリードする研究が行われています。私はこの研究室に平成23年から3年半ほどポスドクとして在籍し、乳がん幹細胞の維持と分化における TGF-β シグナルの機能と分子メカニズムの研究を行っていました。現在も同じテーマで、この研究室との共同研究を続けています。特にTGF-βが乳がん細胞の分化と上皮性の可塑性に与える影響を解析し、乳がん幹細胞の維持と分化の制御におけるTGF-βシグナルシグナルとその下流のSmad pathway、non-Smad pathwayの役割とその分子メカニズムを解明することを目的として研究を進めています。
今回の派遣で、Derynck教授の研究室で共同研究のための実験を行い、留学時代から共同研究を行っているUCSFのRosemary Akhurst教授や他の共同研究者との共同研究打ち合わせを行いました。

がん細胞の可塑性とTGF-β

がんは、がん幹細胞や分化したがん細胞などを含む多種類の細胞から構成されており、このがん細胞の多様性ががんの治療を困難にしています。がんを構成するこのような多種類の細胞の分化には可塑性があり、それを制御するシグナルの解析はより効果的ながん治療法の開発のために重要です。

がんの浸潤、転移には、がん細胞が上皮細胞様の形質である細胞間接着を失い、間葉系細胞の形質を獲得し、運動能や浸潤能を亢進させるプロセスである上皮間葉移行(Epithelial-mesenchymal transition; EMT)が重要な役割を持ちます。EMTは可逆的なプロセスであり、この逆のプロセスであるmesenchymal-epithelial transition (MET)はがん細胞の転移先臓器への生着、増殖に必要です。

TGF-βは強力なEMT 誘導因子であり、多くのがんで産生が亢進していることが報告されています。TGF-βによって誘導されるEMTとその逆の現象であるMETはがんの生存、浸潤、転移において重要な役割を持ち、TGF-βによるEMTの誘導はがんの進行の多くの段階において重要であると考えられます。TGF-βは、がん細胞のEMTを誘導し、がん細胞の運動能、浸潤能を亢進させ、がんの浸潤と、がん細胞の血管内への侵入を促進させます。また、TGF-βに誘導されるEMTは、分化したがん細胞の脱分化を促し、分化したがん細胞からがん幹細胞を産生させます。このような、EMTによって産生された間葉系の性質と幹細胞様の性質を持ったがん幹細胞が、転移を形成する細胞となると考えられます。さらに、TGF-βは、がんの周囲の上皮細胞のEMTを促しがんをサポートするCancer associated fibroblast (CAF)の産生も誘導します。このように、TGF-βによって誘導されるEMTと、その可逆性は、発がんと、がんの進行において非常に重要な役割を持つと考えられています。

TGF-βによって誘導されるEMTの分子メカニズム

TGF-βのシグナルは2種類の受容体を介して細胞内へ伝達されます。リガンドの結合により活性化した受容体は特異型SmadであるSmad2やSmad3をリン酸化し、細胞内へシグナルを伝えます。リン酸化された特異型Smadは共有型SmadであるSmad4と複合体を形成し、核内へと移行し転写を制御します。SmadシグナルはEMT誘導転写因子であるSnail/Slug、ZEB1/2、Twistの発現を制御します。これらの転写因子が上皮系マーカーの発現を抑制し、間葉系マーカーの発現を促進させます。

一方、Smadを介さないnon-Smad pathwayとよばれる経路もTGF-βによるEMTの誘導に関わることが知られています。TGF-βは、PI3K-Akt-mTOR pathwayを活性化し、またRhoなどのsmall GTPasesを活性化することにより細胞の運動能、浸潤能を亢進させ、アクチンの再構成を促します。

また、エピジェネティックな制御や、選択的スプライシング、miRNAなどもTGF-βによるEMTに重要な役割を持つことがわかってきています。TGF-βによって誘導されるEMTはがんの進行の様々な段階で重要であることから、TGF-βによって誘導されるEMTの詳細な分子メカニズムの解明は、がんのより効果的な治療法の確立につながる重要な研究であると考えられます。

おわりに

最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださいました「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流海外派遣事業の石川冬木先生をはじめとする諸先生方、事務手続きでお世話になりました平野尚子様をはじめとする事務局の方々に、心より感謝申し上げます。