概要・活動内容

国際交流委員会

United States and Canadian Academy of Pathology 103rd Annual Meetingに参加して

東京大学医学部附属病院病理部
阿部 浩幸

はじめに

今回、平成25年度新学術領域研究「がん支援」国際交流海外派遣支援事業の助成により、2014年3月1日~7日にアメリカ合衆国サンディエゴにて開催されたUnited States and Canadian Academy of Pathology (USCAP) 103rd Annual Meetingに参加し、ポスター発表を行った。USCAPは病理学における世界で最も大きい学会の一つであり、アメリカ、カナダを中心に、ヨーロッパやアジアなど世界各国から病理医が集まって、がんを中心とした各種疾患の成り立ち・病態に関する研究から、日常の病理診断に関わる研究まで、最新の成果が多数発表されている。今年も、口演とポスター合わせて2000余りの演題が発表された。以下、今回の学会における発表内容、及び参加を通して得た経験について報告する。


学会発表内容とその背景:「クロマチンリモデリング遺伝子ARID1Aと発癌」

私は現在、外科切除標本を用いた病理組織学・免疫組織学的研究や、細胞を使ったin vitroの実験系を用い、AT-rich interactive domain 1A (ARID1A)遺伝子の発現消失と発がんに関する研究を行っている。ARID1Aはクロマチンリモデリング複合体SWI/SNFのサブユニットの一つであり、クロマチン構造を開くことで様々な遺伝子発現を調節している。近年のwhole-exome sequence研究により、多種類の癌でARID1Aの変異とそれに伴う発現消失が報告されてきた。私が専門としている胃癌においても、マイクロサテライト不安定性胃癌と、EBV関連胃癌という異なる二つのサブタイプにおいてARID1Aの変異・発現消失が高頻度であることが、海外のグループから報告された(Wang K et al. Nat Genet 2011)。そこで私は胃癌の外科手術材料を用いた免疫組織学的研究と胃癌培養細胞を用いたEBV感染実験を行い、EBV関連胃癌においてはARID1Aの変異・発現消失は発癌過程の初期変化である可能性が高いことを報告した(Abe H et al. Virchows Arch 2012)。
私は胃癌以外の癌でもARID1Aについて検討を行いたいと考え、今回は肝癌を対象に免疫組織学的検討を行い、その成果を今回のUSCAPでポスター発表した(演題名:”Loss of ARID1A expression is a late stage event in tumor progression of hepatocellular carcinoma.”)。肝癌ではARID1Aの発現消失率は低く、進行度などの臨床病理学的因子、ウイルス感染の有無等との相関は見られなかった。また同一腫瘍内で一部の領域がARID1A発現消失を示す症例が少なからず認められ、EBV関連胃癌と異なり肝癌では発癌過程の比較的遅い段階でARID1A変異と発現消失が起こるのではないかと考えられた。 USCAPでは他の施設からも様々な臓器(胃癌や泌尿器癌など)でARID1Aの検討を行った報告があり、ポスタープレゼンテーションを通じて、ARID1Aの研究を行っている若手研究者の方と有意義な情報交換を行うこともできた。


最新の研究成果発表に触れて

USCAPでは各種臓器に関する口演やポスター発表が多数行われている。ポスター発表もレベルの高い演題が多く、飽きることの無い日々を過ごすことができた。近年のがん研究の流れを反映して、外科手術材料を用いたwhole exome sequenceの研究に関する演題が多く、次々とがんにおける新たな遺伝子変異が明らかにされている現実を知ることができた。その一方で、新たに発見された遺伝子変異の発がんにおける意義についての解析はまだまだ進んでいないのが実情である。網羅的解析から得られた知見を病理形態学に還元していき、その具体的な役割を明らかにするのは、これからの病理学研究者に与えられた使命ではないかと考えている。
また分子生物学が急速に進歩を遂げてがん研究においても存在感を増している現状においても、純粋に病理形態学的な観点から解析を行った報告が少なからず見受けられた。病理形態学は古典的な学問であるが、まだまだ発展の余地が残されていることの表れだろうと感じている。


教育プログラム

USCAPは病理学の研究成果発表の場であると同時に、病理医の診断能力のレベルアップを図るための教育の場でもある。約60のshort course (一コマ3時間)と一つのlong course (一コマ5時間)プログラムが用意されており、各自が興味のある分野を選ぶことができる。各プログラムでは該当する分野の第一級の専門家が濃密なlectureを行っており、参加者は診断に必要な知識をupdateすることができる。私は消化管病理と骨軟部腫瘍に関する講義を選択した。日頃のがん診断に役立つ情報を得ることができたと感じている。


おわりに

3月上旬のサンディエゴは日本に比べ温暖で、天候に恵まれ、気温も一日を通して15℃〜20℃程度と安定しており、とても過ごしやすい場所であった。また大都市と異なりのどかな雰囲気も残しており、治安も良く、学会開催地として素晴らしい場所だと感じられた。会場となったSan Diego Convention Centerは広々とした建物で、日本の学会場と異なり土地や空間の使い方が贅沢であり、米国と日本の土地事情の違いも改めて実感させられた。東京に比べ空気がとてもきれいで(花粉症に悩む私にとっては花粉が殆ど無いことも幸いで)、空き時間にConvention Center近くの港や商店街を散策し、気分をリフレッシュさせることもできた。


最後になりましたが、このような海外学会参加の機会を与えてくださいました、新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会の諸先生方、及び事務手続きでお世話になりました総括支援班の平野尚子様に深く御礼申し上げます。今後も若手研究者が海外で活動するための支援プログラムが継続・発展することを強く望んでおります。