概要・活動内容

国際交流委員会

ロンドン大学衛生学・熱帯医学校がん生存解析グループへの派遣を終えて

大阪府立成人病センター がん予防情報センター 疫学予防課 研究員
伊藤 ゆり

はじめに

 H25年度 文部科学省「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流研究者派遣事業の助成をいただき、平成26年2月25日〜3月6日の間、ロンドン大学衛生学・熱帯医学校がん生存解析グループにおいて、Dr Bernard Rachetとの共同研究を行ってきました。派遣先のグループは、地域がん登録資料を用いた生存解析の世界的にも有名な研究チームで、がん患者の生存率集計における国際共同研究CONCORD studyを行っているグループであり、大学院博士課程の際にお世話になった教室です。当時より指導していただいている共同研究者のDr Bernard Rachetは、がん患者の生存率における社会経済格差に関する研究を行っており、がん患者の生存解析における方法論の開発及び応用を世界各国の研究者と協働しながら、研究を進めています。


派遣先での研究活動

 受入研究者のDr Rachetとの共同研究テーマであるがん患者の生存率における社会経済因子による格差についての論文の第一報は先日国際学術誌(Acta Oncologica)に受理され、我が国においてもがん患者の生存率に社会経済因子による格差が生じていることを報告しました。今回の派遣による共同研究では、国民皆保険制度の下であるにも関わらず、がん医療のアウトカムにおいて社会経済格差が生じている原因を探索するための研究を開始しました。近年、疫学・統計分野において発展したcausal inferenceの手法を適用し、社会経済因子と生存率の間の関連において、診断時の進行度や年齢、性別、がんの組織型、治療など各変数がどの程度影響を与えているかを定量化することに取り組みました。
 大阪府がん登録資料から肺がんの非小細胞がん患者のデータを用い、社会経済指標(deprivation)と診断後1年以内の死亡の関係について、上記手法を適用しました。今回の滞在期間中に検討した因果関係の関連図(Directed Acyclic Graph: DAG)は図1になりました。この図中の変数のそれぞれがどの程度、社会経済指標(deprivation)と1年死亡に影響を与えるかについて分析しました。Preliminaryな分析結果として、社会経済指標の低い患者の1年以内の死亡率が高いことは診断時進行度により約3割程度が説明可能であること、治療の有無自体は社会経済因子と1年死亡の関係への影響を与えないこと、治療の有無の約8割が診断時進行度により説明できることなどが得られました。


図1. 非小細胞肺がんにおけるがん患者の1年以内の死亡率と社会経済因子の関連(DAG)

図1. 非小細胞肺がんにおけるがん患者の1年以内の死亡率と社会経済因子の関連(DAG)

 本派遣において、ロンドン大学において習得したこの方法論をさらにきめ細かくがん登録資料やその他のデータベースに適用し、我が国におけるがん患者の社会経済格差の原因を探索し、格差の縮小のために役立てたいと思っています。また、本手法は今回検討したテーマのみならず、がん患者の生存時間解析における要因探索において、多くの部位のがんに応用可能であり、利用可能なデータをもとに、様々な検討を行っていきたいと思います。


おわりに

 大学院時代の留学中を含め、9回目のロンドン訪問でしたが、今回、生まれて初めて財布のスリに遭いました。ロンドンオリンピック開催以降、財布盗難の被害が急増しているようですので、今後派遣を予定されている方は十分にご注意ください。


 最後に、このような派遣の機会を与えてくださったH25年度 文部科学省「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」研究班の皆様、派遣に関する事務を担当してくださった平野尚子様、受入研究機関の皆様に感謝申し上げます。


図2. ロンドン大学衛生学・熱帯医学校に収蔵されている疫学の父John Snowがコレラ蔓延の原因として突き止めたポンプ

図2. ロンドン大学衛生学・熱帯医学校に収蔵されている疫学の父John Snowがコレラ蔓延の原因として突き止めたポンプ