概要・活動内容

国際交流委員会

米国・サンフランシスコでのBiophysical Society 58th annual meetingsに参加して

東京大学医科学研究所 分子細胞情報分野
冨田 太一郎

はじめに

 2014年2月15~20日、新学術領域研究「がん支援」国際交流海外派遣支援事業の助成により、サンフランシスコ・モスコーンセンターで行われた米国Biophysical Society 58th Annual Meetingに参加する機会を頂きました。このBiophysical Society には9,000名もの会員がおり、年会参加者も約6,000名、発表演題数も4,000以上という生物物理関連では世界最大規模の学会です。例年、米国内だけでなくアジアやヨーロッパ各地の研究機関や企業からの参加者も多く集まり、若手からシニアまで「とてもフレンドリーに、そして、とても熱く」議論を戦わせることのできる点がこの会の魅力です。参加している多くの研究者が物理科学をうまく用いながら生命現象の理解を目指しており、非常に先鋭的な生体分子の計測法がいくつも発表されています。学会での収穫について以下にご報告致します。



学会にて

 学会は連日、朝8時から午後10時までタイトにスケジュールが組まれていましたが、効率よくプログラムを回ったり、参加者同士が容易に連絡を取り合えるようにするための様々な工夫がなされていました。特に、スマートフォン用のコミュニケーションのアプリが学会から発信されており、プログラム検索に加えて、発表者を探しに行かなくても端末からコメントを送信したり、自分の居場所を相手に連絡できるという新しい試みもなされており、これは効果を発揮しているようでした。また、協賛企業が全ての発表者に無料で配付していたabstract入りの名刺も自己紹介をするのに非常に役に立ちました。若手研究者や大学院生向けには、アカデミックや産業界へのキャリアプランを考えるセッションや「今の仕事が嫌になったらどうすべきか?」を考える講座、グラントと論文の書き方講座など、実践的なプログラムが今回も開催されており、参加者にとって本当に重要な情報をうまく届けたいという運営側の意図がしっかり伝わってきました。



 さて、私はがんの研究領域において、がんや自己免疫疾患などの発症に深く関与するMAPキナーゼ(MAPK)の制御機構を解明することを目的に、現在、新規の分子イメージング技術の開発に取り組んでいます。従来、細胞内情報伝達経路は細胞死のパスウェイや細胞増殖パスウェイという形で、上流から下流に流れる一連のシグナルを軸として理解が進められてきましたが、最近までに分子間相互作用の網羅的解析やリン酸化プロテオーム解析が進められた結果、むしろ多くの分子がパスウェイの上流・下流以外の分子とも密接に相互作用することで、細胞内の分子はまとまった一つの巨大なネットワーク・システムの一部として振る舞う可能性が指摘されています。従って、がんの増殖を抑制したりあるいは適切に細胞死を誘導してがん治療を行うためには、細胞内の分子ネットワークを意識して戦略を立てることが有効と考えられますが、現時点では分子のネットワークレベルの変化を検出したり、これを任意の方向にうまく誘導する方法はまだほとんどありません。今回、私はMAPK活性化のリン酸化シグナルをイメージングする手法を用いて、単一細胞からMAPK制御を司る分子ネットワークのシステム構造を推定する方法について発表しましたが、技術的限界からイメージングの手法を適用できる分子や観察対象が限定的であることが大きな課題となっています。そこで、この問題に取り組むために、分子計測の専門家とdiscussionの機会を得たいと思いこの会に臨みました。


 今回、イメージングは大きなトピックとして掲げられており、やはり非常に関心の高い分野であると再認識しました。分子機能活性化のリアルタイムな可視化を試みているJohn's Hopkins大医学部Dr.Zhangラボからは、特殊な光活性化型蛍光タンパクを用いて任意の分子プローブの存在を見かけ上スイッチON-OFFできるようにする手法が発表されており、実際にこれを使って生細胞内の複数の分子活性を同時にモニターしたというデータを示されていました。また、同じくJohn's Hopkinsの井上尊生先生からは細胞内の微小絨毛内部のシグナルイメージング法についての発表がありました。微小な構造体の中ではそもそも分子の数が非常に少ないために、蛍光プローブの感度や強度をうまく最適化しないと本来のシグナルが見えて来なかった、と仰っていましたが、非常に効率よく(エレガントに)実験をプランニングしてその問題をクリアされている点で見習うべきところが多い内容でした。


 イメージングの高感度化と高解像度化についてはプログラムの中でも多くの時間が割かれており、その重要性については共通認識があるようでした。とりわけ超解像顕微鏡を用いた分子イメージングのセッションは盛況で、スペインICFOのDr.Lakadamyaliのグループは、2本の微小管上を乗り換えながらモーター分子が移動していく様子を可視化して見せていましたが、超解像のシステムと従来のライブイメージング系とをうまく組み合わせることでようやく現象を捉えることに成功したというお話でした。また、生きた動物に応用できる分子イメージング手法については、カリフォルニア工科大のDr.Shapiroのグループから「gas vesicle」という遺伝子にコードされたタグを使って動物体内にある分子の状態を超音波等で可視化する手法が発表されており、これも様々な分子プローブを作る基盤として非常に有用な手法と思います。


 イメージング以外の大きなトピックとして目立っていたものの一つは、スーパーコンピュータを使った分子ダイナミクスの研究でした。特に、創薬応用をめざした分子間相互作用のアルゴリズムの研究や、インシリコでの網羅的なヒトタンパク質間相互作用の検出を試みるという意欲的な発表が目立っていました。この分野では各国こぞってスパコンの実用化研究を進めているために国際競争が非常に激しいそうです。話を伺った限りでは、現時点では予測と実験結果とがなかなか一致しない場合が多く、分子ダイナミクスをベースにしたインシリコ解析はまだ次世代の技術という扱いでした。それでも、実質的にはスパコンの計算能力が律速となっているらしく、近い将来、計算能力の向上に伴ってインシリコ実験の強みが本格的に発揮される日が確実に来ると期待が高まりました。


 今回、scientificな収穫に加えて、最近までいわゆる大御所ラボのポスドクとして活躍していた若手PIの方が実際にラボを構えてセットアップする間の苦労話を聞けたり、また、シニアな先生がラボ運営で心がけてきたことのお話を伺う機会がありました。その中で、どんなに優秀な若手も、そして、どんなに偉い先生でも大変なご苦労の上にお仕事を続けてこられている、という当たり前の現実を実感込めて聞かせて頂いたことが胸に刻まれました。精神面でも非常にencourageされる機会を得たことは何よりの収穫でした。


おわりに

 会議場はダウンタウンの高層ビルに囲まれた場所にありましたが、会場脇のYerba Buena Gardensはサンフランシスコが誇るとても美しい公園で、向かいには現代美術館もあり、アートを意識させる仕掛けが随所に施されていました。日本の日常ではなかなか美術について考えることも叶いませんが、学会の休み時間にはこの公園でコーヒーを一杯飲んで景色を眺めているだけで、なぜかとても文化的に充足した気持ちになりました。海外の研究者の中には、研究も世界のトップレベルなのに音楽や美術にもとても詳しい、という方もいらして、どうしたらそんな趣味の時間も持てるのか、と不思議に思うことがありましたが、文化的なものとサイエンスとは両極端にあるものではなくて、むしろ近くに合わせることで互いに相乗効果があるかもしれない、と感じました。今回、会場内ではbiophysicsにちなんだアートコンテストも開催されており、学会としてもアートとサイエンスとの融合を考える機会を積極的に推進していました。これまでそんな意味をきちんと考えたこともありませんでしたが、これも芸術を大事にするサンフランシスコまで行けたからこそできた体験でした。


 最後になりますが、この貴重な機会を与えて下さいました「がん支援」国際交流委員会の石川冬木先生ならびにご関係の先生方、また、事務手続きで終始お世話になりました総括支援班、平野尚子様に心より感謝申し上げます。


会場側から見たYerba Buena Gardenの風景。正面はSt.Patrick教会。周囲に高層ビルが並ぶ。

会場側から見たYerba Buena Gardenの風景。正面はSt.Patrick教会。周囲に高層ビルが並ぶ。