概要・活動内容

国際交流委員会

Keystone Symposia “Cancer Epigenetics”に参加して

札幌医科大学医学部分子生物学講座/MD-PhDプログラム
粂川 昂平

はじめに

 平成25年度新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会から、海外派遣事業による助成をいただきまして、平成25年2月4日から9日までの6日間にわたりアメリカ合衆国・サンタフェにて行われたKeystone Symposia “Cancer Epigenetics”に参加する機会をいただきました。会議では、がんエピジェネティクス領域における最新の研究成果が次々に発表され、エンハンサーや、DNAメチル化、ヒストン修飾、代謝、細胞分化/初期化など様々な観点からの議論がありました。また、この会議は、Keystone Symposia “Transcriptional Regulation”との合同開催であり、転写制御に関する非常に基礎的な研究から、最先端の臨床治験まで、広く様々な研究が発表されました。オーガナイザーは、Sharon YR Dent (MD Anderson Cancer Center)、Jean-Pierre Issa (Temple University)、Peter A Jones (University of Southern California)というがんエピジェネティクス領域を代表する研究者であり、口頭発表者も第一線で活躍する研究者ばかりで、医学生である私にとって非常に魅力的な発表の連続でした。以下、会議で発表された代表的研究や私の研究領域に関連する研究について、概説させていただきたいと思います。


 会議はDana-Farber Cancer InstituteのDr. James E Bradnerによる”Chemical Modulation of Chromatin Structure and Function”と題した基調講演から始まりました。”Cancer: Enhancers disease.”という最初のスライドが印象的で、遺伝子の点突然変異や、DNAメチル化など従来のエピジェネティクス異常とは違う、エンハンサーを中心とした、がん研究の新たな局面が始まっていることを印象づけるような講演でした。講演ではブロモドメイン阻害剤であるJQ1の開発を中心に、その分子生物学的機序や臨床応用について議論されました。ブロモドメインはヒストン修飾の中でも、アセチル化されたリシンを認識するドメインで、このドメインを持つタンパク質BRD4は他の転写因子を共役してエンハンサー領域と結合し、発がんに関わる遺伝子の転写量を制御します。このブロモドメインに結合しBRD4の機能を阻害するJQ1は、がん遺伝子の発現を広く妨げて抗腫瘍効果を発揮します。たった一つの薬剤が大きな癌抑制効果を発揮するデータだけでも衝撃的でしたが、更にJQ1は心筋細胞において多くの遺伝子発現を抑制して心筋の線維化を防ぎ、慢性心不全を改善することが報告されました。実際にJQ1を投与された心不全マウスの心臓が、力強く鼓動する映像を見て、基礎研究が医療へとつながっていく様子を肌で感じ、強い興奮と感動を覚えました。Dr. Bradnerの成果は、たった一つのドメインがエンハンサーを制御し、その結果多くの遺伝子がエピジェネティックに発現制御されて細胞表現型に大きな影響を与えるという非常に画期的なものであり、今後更にこのような機構が明らかにされていくことが期待されます。


写真1.会場となったSanta Fe Community Convention Center

写真1.会場となったSanta Fe Community Convention Center

 私の研究領域と関連する発表では、DNAメチル化に関するものがありました。DNAメチル化はエピジェネティクス領域でも比較的よく知られていますが、未だ分からないことも数多い遺伝子発現制御機構です。遺伝子のプロモーター領域に存在するCpGアイランドのメチル化は、遺伝子発現に対して負に働きます。がんではDNAメチル化がゲノムワイドで亢進し、多数の癌抑制遺伝子が発現抑制を受けることが分かっており、一部の癌では、同時多発的にDNAメチル化が発生するCpGアイランドメチル化形質(CpG Island Methylator Phenotype: CIMP)の存在が報告されています。DNAメチル化を標的とした薬品では、骨髄異形成症候群に使用されるアザシチジンがあります。DNAメチル化についてのセッションでは、はじめにオーガナイザーでもあるDr. Jean-Pierre Issaが”Epigenetic Drift: Aging and cancer”と題した講演をされました。講演では、様々な疾患の原因となりうるゲノムワイドなDNAメチル化は年齢を重ねるにつれて高度となり、この現象はマウス、サル、ヒトで保存されていることが示されました。最近寿命との関連が示唆されているカロリー制限とDNAメチル化の関係にも言及し、カロリー制限を行ったマウスと猿のゲノムワイドなDNAメチル化状態が通常の餌で育てたマウスと猿よりも、それぞれ2年と7年若い状態となり、寿命も延びたことが示されました。加えて、近年DNA脱メチル化酵素候補として上がっているTET1についての知見も発表されました。DNAメチル化が生体に与える影響、食事内容がDNAメチル化に与える影響をin vivoで示した画期的なものであり、近年注目が集まっている代謝とエピジェネティクスとの関係に新たな知見を加えた結果でありました。その後もDr. Margaret A Goodell (Baylor College of Medicine)による造血幹細胞異常におけるDNAメチル化の解析や、Dr. Taiping Chen(MD Anderson Center)のDNAメチル化とヒストン修飾とのクロストークに関わる研究発表が続き、がんにおけるDNAメチル化の重要性と治療標的としての有用性が強調されたセッションでした。


写真2.ポスターセッションの様子

写真2.ポスターセッションの様子

おわりに

 サンタフェはとても静かで美しい街でした。芸術の街として有名で、街の至る所にギャラリーがあり、治安も良く、会議に集中するのに最高の環境でした。私自身も、「大腸癌において異常なDNAメチル化により発現抑制される長鎖非翻訳RNAの網羅的同定(Genome-wide identification of novel long noncoding RNAs epigenetically silenced by DNA methylation in colorectal cancer)」と題したポスター発表をさせていただきました。初めての海外でのポスター発表ということで非常に緊張しましたが、たくさんの方が様々な質問や意見をくださり、とても充実した議論を行うことができました。日本で活躍されている若手研究者、米国で活躍されている日本人研究者の方々とも交流することができ、会議全体を通して非常に価値のある体験ができました。また、昨年1ヶ月間ラボに滞在したDana-Farber Cancer InstituteのDr. Kornelia Polyakと一緒に食事しながら、今後のキャリアについてのアドバイスを頂くことができ、自分の将来について具体的に考える機会にもなりました。本会議への参加は、将来基礎研究医を希望する私にとって、素晴らしい経験となりました。今後も医学・生物学の知識を深め、がんに苦しむ方々の希望となることが出来るよう、今回の経験を活かして、邁進していきたいと思います。


 最後になりますが、このような大変貴重な機会を与えてくださいました国際交流委員会の諸先生方、そして事務手続きで大変お世話になりました総括支援班の平野様に心より御礼申し上げます。