概要・活動内容

国際交流委員会

Dana-Farber Cancer Institute をはじめとするアメリカ東海岸の研究施設を訪問して

金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍分子生物学
北嶋 俊輔

はじめに

この度、新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会海外派遣からの助成を頂き、平成25年3月5日から14日にかけてアメリカ・ボストンのDana-Farber Cancer InstituteおよびMassachusetts General Hospital、またニューヨークのMemorial Sloan-Kettering Cancer Center等を中心に、いくつかの研究室を訪問させて頂いた。いずれの研究室も、私が専門とするRetinoblastoma(Rb)経路の新規機能に関して、多くの科学論文を一流雑誌に発表しており、互いの有する研究成果を元に、共同研究の可能性を含めて今後の展開について議論を行った。主に未発表データが中心であったため、本稿に議論の詳細な内容を記載することは難しいが、私達および彼らが研究対象としているRb経路の新規機能に関する概説を中心に記したいと思う。


Rb経路とがん

図1. 肺がんにおけるRb経路の変異Rb遺伝子は、世界で初めてクローニングされたがん抑制遺伝子であり、主に細胞周期におけるG1期の進行とS期への進入を抑制している。Rb経路の破綻は、無制限な増殖というがん細胞に不可欠な表現型を引き起こすと考えられ、Rbの活性を制御するcyclin Dの過剰発現やp16の欠失、下流の転写因子であるE2F familyの過剰発現などを含めると、実際にほとんどのヒトがんにおいてRb経路の異常が存在することが明らかとなっている。しかし一方で、がんの発がん過程にRbタンパク質それ自身の不活性化(欠失、変異を含む)が重要である例は、網膜芽細胞腫など一部の腫瘍を除いて稀であり、実際は多くの場合において、がんの悪性化過程においてRbタンパク質の不活性化が観察される。さらに、Rbにはp107(Rb2)およびp130(Rb3)という2つの相同分子が存在し、いずれもRbと同様の機構で細胞周期の進行を負に制御することが知られているが、ヒトがんにおいてp107およびp130の変異が検出されることは、Rbと比較すると非常に稀である。これらのことから、Rbには、細胞周期制御以外にがんの悪性化に関与すると考えられる多様な機能が存在すると推測される。また、肺がんの例を挙げると、小細胞肺がんにおいてRbの変異は多く観察されるが、非小細胞肺がんでは、Rb自身の変異の割合は少なく、専ら上流のp16の欠失が観察される。一方で小細胞肺がんにおけるp16の欠失の割合は非常に少ない。これらの事実から、「p16→cyclin D/Cdk→Rb→E2F」といういわゆる古典的なRb経路は、教科書で表されるような完全に一直線の関係ではなく、各々が古典的Rb経路とは独立した機能を持つものと推測される。


Rb経路の新規機能

これまでに私達は、Rb複合変異マウスを用いた解析から、特定の遺伝背景のがん細胞において、Rb不活性化により種々のサイトカイン群の分泌およびその下流シグナルの活性が亢進し、これら炎症性シグナルの活性化ががんの未分化性の誘導に寄与することを明らかにした。またこれらの炎症性シグナルの活性化が、がん細胞自身の未分化性獲得に加えて、炎症性微小環境の形成というnon-cell autonomousな作用を介して、がんの悪性化を促進するという予備的結果を得ており、現在研究を進めている。今回訪問したDana-Farber Cancer InstituteのDr. Peter Sicinskiは、これまでにRbの上流であるcyclinD1-cdk4/6複合体の新規機能を数多く解明しているが(Anders et.al. Cancer Cell 2011, Jirawatnotai et.al. Nature 2011, Bienvenu et.al. Nature 2010など)、これまでに私達がRbの新規標的として見出した炎症性シグナルに関与するタンパク質と、彼らが明らかにしたcyclinD1-cdk4/6複合体の新規標的タンパク質が共通のものであったことは大変興味深い一致であった。また、Massachusetts General HospitalのDr. Nicholas Dysonは、これまでに主にショウジョウバエモデルを用いて、染色体安定性の制御や代謝経路の制御といったRbの新規機能を報告しているが(Nicolay et.al. Genes Dev.2013, Longworth et.al. Plos Genetics 2012, Manning et.al. Gens Dev.2010など)、中でもRbが自然免疫系を制御するという報告は大変興味深く、私達が明らかにしたRbによる炎症性シグナル制御と自然免疫制御との分子メカニズムの関連性について深く議論することができた。Tufts Medical CenterのDr. Mark Ewenは、cyclin Dを介したリン酸化によるRbの活性制御やRbファミリーのクローニングなど、いわゆる古典的な「Rb経路」の確立に偉大な功績を残してきた研究者であるが、近年はむしろ転写因子C/EBPβを介したRbによる分化制御という非古典的Rb経路の解明に力を注いでいる。私達とは用いるモデルは異なるが、ともにRb不活性化とがん未分化性の関連に着目しており、特に乳がんの分化度とRb経路の破綻における彼らの知見を基に、今後の私達の研究の方向性に関する重要な指摘を頂いた。


図2. 雪景色のHarvard Medical School

図2. 雪景色のHarvard Medical School


おわりに

私にとって、アメリカ東海岸の研究室をじっくり訪問見学させて頂く機会は今回が初めてであり、見聞きするもの全てが興味深く感じられた。また、いくつかの研究室では、私にセミナーをする機会与えて下さるなど、数多くの貴重な体験を得ることが出来た。本海外派遣で得た情報、経験が、自身の研究の発展のみならず、将来世界と戦える研究者となるための自らの研鑽の場として、非常に意義深いものになったと確信しており、このような機会を与えて下さった国際交流委員会の諸先生方に感謝申し上げたい。