概要・活動内容

国際交流委員会

Keystone Symposia “Stem Cell Regulation in Homeostasis and Disease” 参加報告

東京大学分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野
伊藤 暢


今回、平成24年度新学術領域研究「がん支援」国際交流委員会の海外派遣事業での助成により、Keystone Symposia on Molecular and Cellular Biology “Stem Cell Regulation in Homeostasis and Disease”(平成24年2月24日〜3月1日;カナダ アルバータ州・バンフ)に参加させていただいた。Keystone Symposiaでは例年、“Stem Cell(s)”を冠したミーティングが一つないし二つは開催されていて、私は2011年から2年ぶりの参加であった。以前は、ES/iPS細胞との関連でpluripotencyのメカニズムや細胞の初期化・リプログラミングの話題が多いという印象を受けていたが、今回のプログラムは“Homeostasis and Disease”というタイトルにも現れているように、組織幹/前駆細胞の動態・制御メカニズムや、疾患やがん化との関わりについての議論が増えたように思われた。また、“Emerging Regulatory Mechanisms”や“RNA Regulation and Stem Cells”、“The Aging of Mitotic Cells”といったセッションがあったのも斬新かつ特徴的で、新たな方向性を模索しようという挑戦的な姿勢を感じた。Organizerは、いずれもこの分野の若手トップランナーであるS.J. Morrison(UT Southwestern Medical Center)、I. Aifantis(New York Univ.)、Y. Yamashita(Univ. Michigan)の3人で、invited speakersにも若手を積極的に選んだとのことであった。


iPS細胞は、再生医療における移植用の細胞や組織を誘導・調製するためのソースとしてはもちろんのこと、通常では解析することの困難なヒトの様々な遺伝性疾患のモデルを作製するためのツールとしても、きわめて有効かつ重要である。今回、オープニングのKeynote Addressは、G.Q. Daley(Children’s Hospital Boston)が“Disease modeling with iPS cells”というタイトルで行った。実際の治療への応用を目指す上で最適な初期化プログラムはどのようなものか? iPS細胞とES細胞の相違点やheterogeneityは? といった話題に続いて、脆弱X症候群、ミトコンドリア病(Pearson症候群)、Shwachman-Diamond症候群等の患者由来のiPS細胞(あるいはES細胞)を用いた疾患発症メカニズムの解析についての報告があった。最近注目されているdirect conversion(direct reprogramming)について、ほとんどの場合は分化誘導が不完全であると述べていたが、具体的なデータは示されなかった。
これに続くセッションではA.R. Muotri(UC San Diego)が、Rett症候群(RTT)患者由来iPS細胞を用いた疾患(自閉症スペクトラム障害)モデルの解析結果について発表した。RTT-iPS細胞からin vitroで分化誘導したニューロンの表現型についてはすでに報告していたが、今回、iPS細胞からアストロサイトを誘導する系を確立して、RTTのアストロサイトにも機能障害があることを明らかにした。さらに、野生型(正常)iPS細胞由来のアストロサイトと共培養することでRTT由来ニューロンにおける障害をレスキューできるという、興味深いデータを示していた。アストロサイトが分泌する何らかの液性因子が関与しているらしく、将来的に治療への応用につながる可能性がある。


組織幹細胞の維持や機能発現制御には、それを取り巻く周囲の微小環境(いわゆる、「ニッチ」)との相互作用が重要であることが知られている。今回、自分自身の研究テーマ(後述)との関連からも“Niche Regulation of Stem Cell Function”というセッションに注目していたが、中でもS.J. Morrisonによる骨髄中の造血幹細胞ニッチに関する発表が印象に残った。造血幹細胞の制御にはSCFやCXCL12といったサイトカインが関与することが知られているが、これらの遺伝子のレポーターマウスを用いて、骨髄中での発現細胞の同定を行った。さらに、これら遺伝子のfloxマウスを、骨髄を構成する様々な細胞種(骨芽細胞、血管内皮細胞、間葉系細胞、造血細胞、等々)それぞれでCre組換え酵素を発現するマウスと掛け合わせることで、想定されるほとんど全ての細胞種におけるコンディショナルノックアウトマウスを作製し、造血幹細胞/前駆細胞への影響を網羅的に解析した、というものであった。幹細胞研究の分野で、造血幹細胞はもっとも解析が進んでいる対象の一つとは言え、ここまで徹底的にアプローチ出来るものかと驚かされた。膨大なデータを完全に理解するのは困難であったが、最も未分化な造血幹細胞の維持(長期多系列骨髄再構築能)にはNestin陽性 / レプチン受容体陽性 / Prx陽性の“perivascular stromal cells”がニッチとして重要との結論であった。
同じくMorrisonのグループからは、細胞内のタンパク質翻訳のレベルをO-propargyl-puromycinという化合物によりFACSで定量解析するというユニークな実験系を用いた研究についても、別のセッションで発表があった(R.A.J. Signer)。造血幹細胞においては、他の造血系細胞に比べて翻訳レベルが顕著に低いことが明らかとなった。さらに、翻訳調節に関わる遺伝子のノックアウトマウスを用いた解析等から、造血幹細胞の維持には、この細胞内での翻訳が適切なレベルに保たれることが必要である(高くても、低くてもいけない)との結論を導いていた。
タンパク質レベルでの制御という点では、A.G. Dillin(UC Berkeley)の発表も興味深かった。“Proteostasis (= Protein Homeostasis)”という概念に基づいて、幹細胞や生殖細胞においては、その性質(未分化性)を維持するために自身のプロテオームを一定の状態に保って保護するメカニズムが存在しており、その破綻が細胞や個体の老化につながる、という仮説を提唱した。ヒトES細胞では、これを分化誘導させた神経前駆細胞やニューロンと比較してプロテアソーム活性が高く、同様に、線維芽細胞からiPS細胞を誘導する過程でもプロテアソーム活性の上昇が認められた。プロテアソーム活性の制御(上昇)に関わる因子としてPSMD11を同定し、さらに、その発現制御には長寿関連遺伝子であるFOXO4が関わることを明らかにした。


ここで、私の専門とする領域との関連で、一つ紹介させていただきたい。肝臓は高い再生能力を有する臓器であることが良く知られているが、障害の種類や程度に応じて、異なる様式で再生を行う。とりわけ、重篤あるいは慢性的な障害時には、未分化性を有する特殊な肝前駆細胞が活性化され、これが増幅・分化することで肝再生に寄与すると考えられている。このような「前駆細胞依存性の肝再生」は近年、高い注目を集めている。にも関わらず、この「肝前駆細胞」そのものについては、胆管系(あるいは、その近傍)に存在すると考えられているものの、その実体は未だに明確な同定・統一的な定義がなされていないのが実状である。
このような点から、今回のミーティングにおけるB. Wang(Stanford Univ.; R. Nusse lab.)の報告は大変興味深いものであった。Wntリガンドの産生細胞、および、Wntシグナル活性化(Axin2発現)細胞をそれぞれ可視化あるいは遺伝的標識・細胞系譜追跡することが可能な種々のマウス系統を利用した解析により、肝障害時に胆管系[胆管上皮細胞(BEC)マーカー陽性]の中の一部の細胞がWntリガンドを発現し、これを受容した隣接細胞(Axin2陽性 / BECマーカー陰性)が「肝前駆細胞」として肝細胞ならびに胆管上皮細胞へと分化する、というモデルを提示した。これまで一般には「肝前駆細胞 = BECマーカー陽性」であると考えられているが、これに一石を投じるものである。つい最近、Wntシグナルの標的遺伝子の一つであるLgr5を発現する細胞が障害肝における前駆細胞であるとする報告が他のグループからなされており、両者の関連も(Wang自身は、別物であると主張していたが)注目される。肝前駆細胞と呼ばれているものはヘテロな集団であり、その中には分化段階の違いに基づくヒエラルキーが存在すると考えられる。今回のWangらの「Wntシグナル活性化(Axin2陽性)細胞」やLgr5陽性細胞がどのように位置づけられるのか、今後の研究の進展が待たれる。また、Wntシグナル(β-catenin経路)活性化は肝がんの発症に深く関わることが知られており、肝前駆細胞と肝がん幹細胞との関連を示唆するという点からも興味深い。
我々自身は最近、障害時において肝前駆細胞の周囲に存在するThy1陽性間葉系細胞がFGF7を産生することで「ニッチ」として機能し、このFGF7が肝前駆細胞の活性化および、これを介した肝再生に重要であること、FGF7に肝障害を軽減させる効果があることを、マウスを用いた実験系で見出した。今回のミーティングでは、この発見に関してポスター発表すると共に、口頭発表にも採択されるという機会に恵まれた。専門領域の異なる様々な研究者から、多くのコメント・助言をいただき、非常に有益であった。とりわけ、医療活動に携わっている方や製薬企業の方々から「ぜひ、実際の肝疾患の治療へとつなげていって欲しい」との要望・激励の言葉を直接に受けられたことは、大変ありがたい刺激となった。


バンフ(Banff)を訪れたのは、今回が初めてであった。渡航前はさほど気にも留めていなかったのだが、カナディアン・ロッキーの観光拠点として有名であり、こぢんまりと洒落た街の雰囲気と雄大な大自然のパノラマとのバランスが素晴らしく絶妙であった。カルガリーの空港から現地へ向かう途上から、氷河に削られた壮麗な山並みに目を奪われ、到着したホテルでは、城を思わせるゴージャスさに圧倒されて足を踏み入れるのに躊躇するほどだった。空いている午後の時間帯を利用して、バンフのダウンタウンを散策したり、近隣のスキー場にも足を運んでみたりした。スキーは、わずか3時間ばかりの滑走ではあったが、寒さと低酸素濃度の影響は想像以上で、これで十分だった。最新の研究成果と白熱したディスカッションで飽和した学会会場から一歩外に出ると、このような非日常的な時間・空間の中で心身共に大いにリフレッシュできるというのは、日本では得がたい体験である。


最後になりましたが、今回このような貴重な機会を与えていただいた文部科学省新学術領域研究「がん支援」国際交流委員会の諸先生方、ならびに、事務手続で大変お世話になりました総括支援班・平野様に心より感謝申し上げます。今後も、このような支援活動が継続・発展されることを強く希望いたします。


学会の会場となったConference Centre(ホテル併設)

写真1.学会の会場となったConference Centre(ホテル併設)

宿泊先のホテル(The Fairmont Banff Springs)をConference Centreのテラスより望む

写真2.宿泊先のホテル(The Fairmont Banff Springs)をConference Centreのテラスより望む

Sulphur Mountain山頂から見たBanffのダウンタウン(中央).背後に聳えるCascade Mountainと、カナディアン・ロッキーの山並み.右下にThe Fairmont Banff Springs Hotelが見える。

写真3.Sulphur Mountain山頂から見たBanffのダウンタウン(中央)
背後に聳えるCascade Mountainとカナディアン・ロッキーの山並み
右下にThe Fairmont Banff Springs Hotelが見える。