概要・活動内容

国際交流委員会

Keystone Symposia on Stem Cells, Cancer and Metastasis 会議報告

信州大学医学部分子細胞生化学講座
鎌田 徹


平成22年度新学術領域研究「がん支援」国際交流委員会・海外派遣の助成を頂き、Keystone Symposia on Stem Cell, Cancer and Metastasis(Keystone, Colorado; 平成23年3月6日〜3月11日)に参加させて頂いた。この会議は、R. Gilbertson(St. Jude Children’s Research Hospital)とD.Harber(MGH)によってコーディネートされた。そのねらいは大別して次の主題に関連して研究発表、情報交換を行い、現状を分析し、今後の展望をうらなうことにあった。即ち、①正常幹細胞といわゆる癌幹細胞(Cancer Stem Cells: CSCあるいはStem-like Cancer Cells: SCC)の関係は何か、②CSCと転移性癌細胞の関係は何か、③如何にCSCとniche(stroma cells)は相互作用し癌の悪性化にかかわるのか、④CSCを標的とする治療薬の開発が焦点となった。以下、会議でとりあげられた代表的な課題について概説したい。


シンポジウムの開かれたKeystone Conference Center

図1. シンポジウムの開かれたKeystone Conference Center

会議の冒頭で、R. Weinberg (MIT)が、ここ数年主唱しているCSC可逆的発生説-CSCから派生したprogenitor cellには変異を経る過程で幹細胞的性質を獲得してCSCになるものがあり、この機構が癌の悪性化に寄与しているという考え方を披露した。Opinion leaderとしての洞察の深さにはいつも感心させられる。Cancer cell のoriginは何かという問題に関して、M. Dyer (St. Jude Research Hospital)がretinoblastoma について論じた。長い間、論争となってきたこの腫瘍のcell originをsingle cellレベルでの遺伝子発現マイクロアレイを多数の癌標本で比較検討した結果、個々の癌細胞が多様な遺伝子発現型をしていて、retina, rod, photoreceptorの発生学的軌跡が認められないということであった。同様なマイクロアレイ分析を駆使して、R. Gilbertson(St. Jude Research Hospital)は、brain tumorを例に、正常のneural stem cellsとbrain tumorが共通の遺伝子発現している部分を見出し、癌化しやすい細胞集団(stem cells)の存在を示し、それがCSCの候補となることを提唱した。このような綿密にしてsystematicで膨大なgenomic analysisを遂行する研究室が日本にあるだろうかと思った。この会議では、全体としてgenomic analysisを用いて、CSCを特徴づける遺伝的差異を捜そうとする研究発表が多く、個々の遺伝子に特化してstemnessにおける機能的役割を追究した発表は少なかったように思われる。後者についてはCSCの維持に関与するmiRNA(例:mir93)の報告もあったが、以下ではそれ以外のものについてふれる。


腫瘍微小環境との関連について、あげるとすればSipkins (University of Chicago)の報告である。Leukemic stem cell (LSC)と骨髄細胞nicheの相互作用について、白血病細胞は、正常なhematopoietic progenitor cell (HPC)のnicheに宿り、それを利用(hijack)して増殖するとした。LSCから分泌されてHPCを腫瘍組織へ動員するSCF活性を抑制すると腫瘍増殖を抑えることから、治療への応用が考えられる。さらに、nicheとしてextracellular matrix (ECM)成分が重要であることをJ. Massauge (Sloan Kettering Cancer Center)が乳癌細胞の肺転移に関して発表した。tenasin-c (TNC)は正常stem cell nicheのECM成分として知られてきたが、このTNCは乳癌細胞から産生されてNotch, Wntシグナルを活性化することにより肺転後の腫瘍増殖を促進することを明らかにした。niche因子としてCytokineが多く指摘される中でECM蛋白のnicheとしてのユニークな役割を示した点で興味深かった。このセッションでもうひとつ加えるとすれば、腫瘍とnicheのcross-talkを媒介するexosomeについての知見である [D. Lyden (Weill Cornell Medical College)]。 メラノーマなど種々の癌細胞がexosomeを分泌し、血流に乗り、nicheの骨髄細胞に到り、それを“educate”することにより(exosomeによって腫瘍細胞から特定の分子がniche細胞へ運ばれその活性を制御する)、癌細胞の転移能力を高めているという。 exosomeの輸送は低分子量G蛋白Rabファミリーによって調節され、VLA, HSP-90, CD81等が輸送されることから、前者は治療標的、後者は診断マーカーとしての可能性が指摘された。


癌治療薬の探索に関して注目を集めた2題についてふれる。まず、M. Reed (Infinity Pharmaceuticals)の発表である。cyclopaminより分離されたIPI-926は、蛋白の品質管理、安定性に関与するSmoを阻害することによりstem cellで重要なHedgehog (Hh) pathway を抑制する。この化合物をPhase I臨床試験で検討したところ、NSCLC, ovariam cancer, SCLCなどの腫瘍の増殖を抑制した。しかも特筆すべきことは腫瘍の“再発”を遅延させたことであった。このことから、化学療法や放射線治療の後の再発 (CSCが関与すると仮定されている) の防止に役立つことが期待された。Hh pathwayを標的とする制癌剤は、これとは独立にF. de Sauvage (Genetech Inc.)からも報告された。彼らは、Patchedのinactivation mutationやSmoのactivation mutationによるHh pathwayの活性化が原因となっているbasal cell carcinoma (BCC)やmedullablastomaの患者に対してHhシグナリングの阻害剤GDC-0449を投与したところ(Phase I study)、劇的な腫瘍抑制効果を観察した。上記、2つの報告は、Hh pathwayが癌治療の新たな標的部位としての有効性を強く示唆する。癌のシグナル伝達の基礎研究に基づいたこれらのtranslationalな研究は、長年癌化のシグナル伝達の解明に従事してきた筆者などとしては勇気づけられる思いであった。振り返ってみて、CSCとは何かの定義については依然、議論はあるものの、それに対して発せられてきた疑問に答えるべく地道な研究の積み重ねが行われているというのが実感であった。 この点で警鐘に値するものは、S. Morrison (Univ. of Michigan)の発表であった。少なくともメラノーマではCSCに相当する造腫瘍能が高い細胞集団は見出せず、CSC仮説には当てはまらないことが報告された。メラノーマは遺伝子変異及びエピジェネティックな変化の影響を非常に受けやすく(phenotypical plasticity)、患者ごとにもSNP変異のおきやすさの有無が異なることなどが紹介され、画一的な概念をすべての癌種に当てはめることの危うさを強調された。CSCマーカーの機能的解析の研究にはみるべきものが無かった。


帰途、日本で東日本大震災が発生したため成田・羽田空港が一時閉鎖されて、日本からの会議参加者は筆者も含めて、米国西海岸でしばらく待機することになった。また、往きも降雪のため空港から会議場へのシャトルバスが大幅に遅れR. Weinbergの講演には間に合わなかった参加者が少なからずいた。この事情に鑑み、会期中もう一度スピーチを申し出た彼に会場は大きな拍手で湧いた。その心意気や希有とすべしである。