概要・活動内容

国際交流委員会

The United States and Canadian Academy of Pathology 100th Annual Meetingに参加して

東京大学医学部人体病理学・病理診断学
前田 大地


はじめに

米国カナダ病理学会 The United States and Canadian Academy of Pathology (通称USCAP)は現在の外科病理学の世界において中心的な役割を果たしている学会である。「米国カナダ」という名を冠しているものの、そのannual meeting (年次総会) には例年、全世界の病理医、外科病理学者が集い、活発な議論を行ってきている。今回、私は新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」の助成を受け、2011年2月26日から3月4日にかけて米国テキサス州サンアントニオで開催された第100回のUSCAP annual meetingに参加してきた。実は日本病理学会も「次の100年を創る」という掛け声のもと、今年の4月に第100回の総会を開催することになっている。総会の主幹が私の所属する東京大学の病理学教室であるという事情もあり、USCAPがどのような形で第100回の学会を運営するのか、という点にも興味を持って臨んだ。


率直な感想は、「100周年だからといって特別なことはあまりしないのだな」というものだった。盛大なセレモニーがあるわけでもなく、例年とほぼ同じ段取りで学会は進行していた。敢えて100周年らしさが感じられたセッションがあるとすれば、Juan RosaiやFattaneh Tavasolliといった往年(かつ今なお現役)の名病理医たちが、過去100年間の間に外科病理の世界で歴史に残る業績を残した学者たちの仕事を振り返るセッションが開かれていたことぐらいだろうか。中でも1920年代から1950年代にかけて、幅広い分野において腫瘍の組織形態学を発展させたArthur Purdy Stoutの業績を振り返る内容の発表(by Juan Rosai)が特に印象に残っている。発表はperipheral nerve tumorにしぼって、Stoutの仕事を振り返るものだった。現在malignant peripheral nerve sheath tumor (MPNST)として知られている悪性度の高い肉腫が「peripheral nerve sheath由来」であることを示したのがStout達であること、その背景にはStoutの下で働いていた優秀な女性病理医がある一症例において腫瘍の初代培養に成功し、そこにシュワン細胞と共通の形態学的特徴を見出した、という流れがあったことなどが紹介され、若輩の自分にとっては「ほぅ」「へぇ」の連続であった。演者のRosaiは、Stoutの論文の隅に記載されていた「本腫瘍は○○病院で切除されたもので、標本番号は××××××である」という文面に目をつけ、現在なおNew Yorkに存在するその病院の病理部に、「標本番号××××××のHE標本はまだ残っているか」といって問い合わせたそうである。彼の病理愛の強さ、組織診断の鬼っぷりたるや、専門領域の細分化が甚だしい現代の外科病理界隈にあって「最後のgeneral pathologist」と言われるだけあるな、と思わせるものであった。そして、何よりも驚いたのは、50年以上前のHE標本が標本庫に残っていたこと、そしてRosaiが「診断の確認のために免疫染色を加えたいから」といって要求したところパラフィンブロックまで見つかって出てきた、という事実である。組織はホルマリンに漬けられた時点で文字通り“fix”され、時間が止まる。50年後、100年後の病理医に標本を見返されても恥ずかしくないよう、日々「きちんとした診断」を下し続けたい、と強く感じさせるセッションであった。


さて、話がperipheral nerve sheath tumorに逸れてきた。私も日常業務においては、schwannomaを含むperipheral nerve sheath tumorの組織診断を頻繁に行っており、決してそれらに興味がないわけではない。しかし、「どの腫瘍に一番興味があるか」と訊かれれば、その答えは「卵巣腫瘍」である。ということで、私の主たる研究テーマである卵巣腫瘍、特に卵巣癌について、今回我々が発表を行った研究内容を含め、概説する。


卵巣癌の組織発生と組織分類

卵巣腫瘍は、正常卵巣の初期発生との対比の研究をもとに表層上皮性・間質性腫瘍、性索間質性腫瘍、胚細胞腫瘍、卵巣網やその他の腫瘍、に分類されている。卵巣癌は卵巣表層上皮性・間質性腫瘍の中で悪性の臨床経過を示す腫瘍群であり、病理医にはその正確な組織診断が常に求められる。


卵巣癌を含む卵巣表層上皮性・間質性腫瘍の発生機序に関しては、その発生母地も含めて、未解明な部分が多い。「表層上皮性・間質性腫瘍」という分類名に見られるように、これらの腫瘍の上皮成分が卵巣表層上皮由来であるとする説が古くから唱えられており、広く受け入れられてきた。その根拠としては、第一に、正常卵巣に存在する唯一の上皮成分が卵巣表層上皮、あるいは表層上皮が陥入して生じる表層上皮封入嚢胞であることが挙げられる。また、組織学的に卵巣の表層上皮性・間質性腫瘍の上皮成分とMuller管由来の組織(卵管、子宮内膜腺、子宮頚管腺等) との間には多くの類似点が見出される。Muller管と卵巣表層上皮が発生過程において共通の中腎堤体腔上皮から生じることから、卵巣表層上皮にはMuller管化生 (Mullerian metaplasia) を起こしたり、Muller管系の組織像を示す卵巣腫瘍の母地になる可能性があると考えられてきた。ただし、卵巣腫瘍はその解剖学的特性上、非常に腫大した状態で発見されることが多く、切除された時点で腫瘍が卵巣の大半を置換している。そして、卵巣の表層上皮性・間質性腫瘍と既存の表層上皮との連続性を組織学的に証明することは極めて困難である。従って、これらの腫瘍の全てを表層上皮由来とするには少なからず無理があり、他の可能性が常に探索されてきた。


組織学的に卵巣表層上皮性・間質性腫瘍は漿液性 (serous) 腫瘍、粘液性 (mucinous) 腫瘍、類内膜 (endometrioid) 腫瘍、明細胞 (clear cell) 腫瘍の4種類に大別されており、それぞれにつき、良性腫瘍 (cystadenoma)、境界悪性腫瘍 (borderline tumor)、癌 (carcinoma)といったカテゴリーが定められている。上記の4組織型のうち、「良性腫瘍 → 境界悪性腫瘍 → 癌」という段階的な発癌過程を経ると考えられているのは漿液性腺癌の約10%を占めるlow-grade serous adenocarcinomaと粘液性腺癌にとどまる。これらの癌では、しばしば同一腫瘍内に前駆病変とみなしうる良性腫瘍あるいは境界悪性腫瘍の成分が混在している。一方、高異型度の漿液性腺癌 (high-grade serous adenocarcinoma)、類内膜腺癌、明細胞腺癌では良性、境界悪性腫瘍の併存を認めることは稀であり、これらの腫瘍はde novo発癌によって生じると考えられている。前述の通り、従来これらの腫瘍の起源は卵巣表層上皮に求められてきた。しかし、類内膜腺癌と明細胞腺癌の背景卵巣には高頻度に内膜症性病変を認めることが繰り返し報告されており、現在では類内膜腺癌と明細胞腺癌の少なくとも一部、場合によっては大部分が内膜症性の上皮由来である (すなわち卵巣表層上皮由来ではない) と考えられている。また驚くべきことに、high grade serous adenocarcinomaに関しては、その大部分の起源が卵管采上皮や遠位卵管上皮にあることがここ数年で明らかになってきた。すなわち、従来卵巣のhigh grade serous adenocarcinomaと考えられていた腫瘍は本質的には「卵管癌の骨盤腔への広がりの一部」であったのである。


このように同じ卵巣表層上皮性・間質性腫瘍でも、組織型ごとに発生の経路、前駆病変の種類等が大きく異なる。近年の遺伝子レベルの検討においても、TP53, KRAS/BRAF, PIK3CAの変異がそれぞれhigh-grade serous adenocarcinoma, low-grade serous adenocarcinoma, clear cell adenocarcinomaに特異的に認められることが分かってきた。卵巣癌を研究するにあたっては組織型ごとのアプローチがかつてなく重要となってきている。すなわち、漿液性腺癌 (low-grade とhigh-grade)、粘液性腺癌、類内膜腺癌、明細胞腺癌をそれぞれ別々の生物として捉えていく視点が必要である。また、現在に至るまで卵巣癌の分類が純形態学的に行われてきた事実を鑑みれば、組織形態と分子生物学的特徴とをつなぐ知見が鍵を握ってくること考えられる。


卵巣明細胞腺癌とARID1A変異

卵巣明細胞腺癌 (clear cell adenocarcioma; CCA)は特徴的な組織像を示す卵巣癌の一亜型で、欧米に比べて日本における発症頻度が高いことが知られている。明細胞腺癌は卵巣癌の中でもひと際化学療法抵抗性であり、その病態生理を解明することは日本の婦人科医、病理医にとって重要な課題であり続けてきた。そのような状況下、2010年にScience誌とNew England Journal of Medicine誌に「卵巣癌の中では明細胞腺癌と一部の類内膜腺癌に特異的にARID1Aの変異が検出される」という内容の論文が掲載された。いずれも網羅的遺伝子解析を用いた研究成果で、明細胞腺癌におけるARID1A変異の頻度は50%程度と非常に高く、新たな腫瘍関連遺伝子として大きな注目を集めた。


ARID1AはBAF250aという蛋白(SWI-SNF chromatin remodeling complexの一員)をコードしているが、発癌における役割は今のところ未解明と言ってよい。我々は今回Johns Hopkinsのグループと共同して①ARID1Aの変異を免疫組織化学的に拾い出せるか、②卵巣明細胞腺癌においてARID1A発現と臨床病理学的データの間に相関があるか、といった点に注目して解析を進め、その内容をUSCAPで発表してきた。


我々はまず、ARID1Aに変異がある症例では必ず免疫組織化学的に蛋白の発現低下が認められることを示した。ARID1Aの変異はそのほとんどが、nonsense, deletion/insertionといった蛋白質トランケーションにつながるものなので、蛋白レベルでの発現低下は予想に合うものであった。と同時に、我々のデータは「ARID1Aの免疫組織化学はARID1A 変異を検索する際のマーカーになりうる」ことを示唆している。


続いて、卵巣明細胞腺癌の症例を用い、ARID1A発現と組織学的特徴の相関、臨床的因子との相関を見たが、生存期間を含めARID1A陽性群と陰性群の間に有意な差は見られなかった。(図1)


図1

図1

ARID1A発現と臨床病理学的因子との相関に関する詳細な報告が今までになされていなかったこともあり、周囲からの注目度は高く、我々が提示した「臨床病理学的に有意差がない」というネガティブ・データに関しても様々なコメントが加えられた。ARID1Aの変異、そして蛋白発現の低下が、tumor progression(腫瘍の進行)よりむしろtumor initiation (腫瘍化の機転) に関与しているのではないか、という視点を与えることができたのではないかと現段階では考えている。今後、in vitroのデータも含め、この変異の意義についてさらなる解析が必要となるであろう。


卵巣明細胞腺癌と卵黄嚢腫瘍の組織学的鑑別

明細胞腺癌を組織学的に特徴づけるのは、淡明な胞体でグリコーゲンに富む異型上皮細胞、核が遊離面近くに突出するhobnail型の異型上皮細胞、の二種類の細胞である。明細胞腺癌はこれらの両者、またはいずれかよりなる腺癌で、腫瘍細胞は管状・微小嚢胞状 (tubulo-cystic)、乳頭状 (papillary)、充実性 (solid)の構築をとって増殖する。時に、好酸性の細胞質を有する腫瘍細胞が主体をなす明細胞腺癌 (oxyphilic variant) も見られる。明細胞腺癌に似た像を示す組織としては、まず妊娠期の子宮内膜腺 (Arias-Stella反応) が挙げられる。両者の類似性は卵巣明細胞腺癌をMuller管系の腫瘍とする根拠となっている。また、腫瘍性病変としては卵黄嚢腫瘍 (yolk sac tumor; YST) が明細胞腺癌に酷似した組織像を示す (図2)。卵黄嚢腫瘍は主に卵巣、精巣、縦隔に生じる胚細胞腫瘍である。卵巣卵黄嚢腫瘍と明細胞腺癌とでは大きく治療方針が異なることから、卵巣腫瘍の病理診断に際して両者の鑑別が問題となることがしばしばある。


図2

図2

今回、我々は両者の鑑別に有用と思われる免疫染色のマーカーを複数用いて、それぞれの染色態度を評価した。具体的には明細胞腺癌(CCA) 94例と卵黄嚢腫瘍(YST) 13例の比較を行い、その内容をUSCAPにおいて発表してきた。(なお、欧米ではCCAを100例近く集めて解析できる施設が限られていることもあり、我々のCCAに関する臨床病理学的データは「日本発ならでは」の信頼度の高いデータとして、今までも高い期待を受けてきた経緯がある。)


表1に結果の概略を示す。


表1

表1

この結果をふまえ、我々は以下の主張を展開した。
①CK7+,EMA+,CA125+, SALL4-, AFP-という染色態度はCCAを強く示唆する。YSTの場合は、CK7-, EMA-, CA125-, SALL4+, AFP+という染色態度を示すことが多い。よって、これら5つのマーカーはCCAとYSTの鑑別に有用である。
②GPC3はCCAとYSTの鑑別には役に立たない。


最後に

今回の渡米に際して、私は新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」の助成を受けた。自分の得た知見をUSCAPで周囲に発信できたことに満足しているし、他の研究者の発表内容から刺激を受け、今後に向けてモチベーションも上がった。
しかし、国の歳出が税収を大きく上回っている日本の現状、そして今回の地震、津波。
日本国から支援を受けて勉強させていただいた事実は重く、それに見合う価値を生み出さなくてはならないという強い責務を感じる。


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