概要・活動内容

国際交流委員会

AACR Special Conference “Targeting PI3K/mTOR Signaling in Cancer ”に参加して

財団法人癌研究会 癌化学療法センター ゲノム研究部
築茂 由則

はじめに

この度、新学術領域研究「がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動」国際交流委員会からの助成により、平成23年2月24日から27日まで4日間にわたり開催されたAACR Special Conference “Targeting PI3K/mTOR Signaling in Cancer ” (アメリカ・サンフランシスコ)に参加させて頂いた。  本ミーティングでは400名を超える研究者が集い、がん分子標的として注目されているPI3K、AKT、mTORに関する多岐にわたる報告(新規制御機構、新規機能、阻害剤・治療薬の基礎研究・臨床試験など)がなされ、私自身は3日目にポスター発表を行った。


築茂先生
PI3K-AKT-mTOR経路
築茂先生

まず、PI3K-AKT-mTORについてごく簡単に紹介する。 PI3K-AKT-mTOR経路は主に細胞の増殖生存シグナルを伝える重要な役割を持つ。様々ながんにおいて、受容体チロシンキナーゼ(RTK)やPI3Kの活性化変異、PI3Kの抑制因子として機能するPTENの失活などが見られ、PI3K-AKT-mTOR経路の恒常的活性化が起こっている。また、mTORは増殖刺激とは別に、栄養状態(アミノ酸、酸素、ATP/AMP量)の変化によっても活性が調節されていることが良く知られている。

こうしたPI3K、AKT、mTORの活性化はタンパク合成、細胞の増殖・生存、糖・脂質代謝、レドックス反応、オートファジーなど様々な応答を引き起こすことでがん細胞の生存に貢献する。そのため、現在これらをターゲットとした多くの分子標的薬の開発が進められている。(図1)

本学会では多くのPI3K,mTOR阻害剤の前臨床の結果が報告されていたが、中でも発癌モデルマウス(BRCA欠失やneu発現による乳癌、PTEN欠失による前立腺癌発症マウスなど)を用いた評価系が大変多く見られた。また、こうしたモデルを用いたmTOR阻害剤の比較検討結果では、ラパマイシンのような従来のアロステリック阻害剤に比べてATP競合型のmTOR阻害剤の方が高い治療効果を示すことが報告されていた。

一方でPI3K,mTOR阻害剤の抗腫瘍効果には、PI3KやKRAS,BRAFなどの活性化変異や、mTOR阻害剤処理に伴うRTKのフィードバック活性化などが薬剤耐性に大きく影響する。そのためMEKやRTK阻害剤などの併用によるバイパス経路の遮断が耐性克服につながるとのことであった。こうした遺伝子変異情報をはじめ、がんの特性を明らかにしていくことは、今後も分子標的薬開発において重要と思われる。

mTORを介した翻訳調節とがん治療との関わり
築茂先生

私は現在ストレス応答タンパクの翻訳調節について研究を行っており、本学会への参加はmTORを介した翻訳調節について理解を深めることも参加目的の一つであった。mTORが翻訳開始因子eIF4EやeIF4Gの活性化、またはS6Kを介してリボソームタンパクS6、eIF4B、eIF4Aなどを活性化し翻訳調節を行っていることは良く知られている。以下では本学会において興味のあった発表について紹介する。

NYUのDr.Schneiderらは、炎症性乳癌(IBC: inflammatory breast cancer)の放射線治療抵抗性に、mTORによる翻訳調節系が関わることを報告した。彼らの報告によると、mTOR-eIF4Gを介した特異的なmRNA群(survivin, PARP その他DNA修復酵素)の翻訳がIBCの放射線抵抗性に重要であるとのことであった。実際に、IBC細胞株であるSUM149を用いた検討では、mTOR阻害剤が放射線感受性を増強し、同様な効果はeIF4Gの発現を抑制した場合でも認められていた。彼らは同様の検討をSUM149由来のがん幹細胞(CSC:cancer stem cell)集団を用いても検討しており、CSCの放射線抵抗性においてもmTOR-eIF4G経路が重要であるとのことであった。一方で、CSC集団におけるeIF4Gを介した特異的翻訳の標的mRNAについてはまだ明らかにされなかった。さらに彼らはSUM149をマウスに移植した実験系においても検討しており、放射線治療のみと比較し、mTOR阻害剤の併用が有意な延命効果を与えることを示した。
こうした、mTOR-eIF4Gを介した放射線抵抗性は、同じくDNA障害を与える抗がん剤への抵抗性にも重要と考えられ今後の解析が待たれるところである。

UCSFのDr.Ruggeroらは、前立腺がんで高頻度に見られるPTEN欠失型前立腺癌モデルマウス(PTENlox/lox,PB-Cre)を作製し、アロステリックmTOR阻害剤rapamycinとmTORキナーゼ活性部位阻害剤pp242の抗腫瘍効果を報告した。結果として、rapamycinに比べてpp242は癌細胞に対して細胞周期停止やアポトーシスを引き起こし高い抗腫瘍活性を示した。その説明として、mTOR基質である翻訳阻害因子4E-BP1と翻訳促進因子S6に対する効果の違いを示していた。S6に対する抑制作用はどちらの阻害剤も同レベルであったが、4E-BP1に対してはpp242の方が強く活性化することを示した。また、4E-BP1Mマウス、またはrpS6p-/-マウス(どちらもmTORを介したリン酸化部位に変異を導入したマウス)と先の前立腺がんモデルマウスを交配させると、4E-BP1Mマウス由来の子孫マウスでは腫瘍の発生が有意に低下し、阻害剤の結果とも相関した。
さらに、pp242による翻訳抑制因子4E-BP1の強い活性化がどのようなmRNA群の翻訳抑制を引き起こすのかrapamycin処理と比較解析を行い、その一例として癌の悪性化に関わる転写・翻訳制御因子YB-1を挙げていた。
このように、炎症性乳がんやPTEN欠失型前立腺がんにおいてmTORを介した一部のmRNA群の翻訳調節系が重要な役割を果たしているようである(図2)。

おわりに

恥ずかしながら、海外で開催される国際学会への参加は今回が初めてであり、期待と不安を胸に学会に臨んだ。発表当日はポスターの前に次から次へと人がやって来たが、幸いにも皆丁寧に話しかけてくれたため何とか英語での質疑応答をこなすことができた。本学会の日本人発表者は少なく、私を含めても数人程であったが、そのうち何人かの方(大学、製薬、医師)とは共にテーブルを囲んで交流を深めることできたのは大変貴重な経験となった。このような機会を与えて下さった国際交流委員会の方々に感謝申し上げたい。